日本伝統音楽研究センター

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京都祇園祭り 南観音山の囃子

凡例

日本語要旨

0 はじめに

1 概況

2 担い手

3 曲目と笛の旋律パタン

4 囃子の機会

5 楽器とその奏法

6 演奏の実際

7 口唱歌・譜

8 伝承過程

9 囃子の変遷と意味付け

10 南観音山における囃子の特色

謝辞

文献資料

音響資料

映像資料

English summary 英語要旨

 

 

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8 伝承過程

二階囃子の稽古の際には、囃子方ではない子供達も、浴衣をきて稽古をみせてもらいにいくことを楽しみにしている。こうしたことで、自然に囃子になじんでいくのである。

囃子方に入会した子供は、まず鉦のやさしい曲からおぼえていき、段々と長い曲に移行していく(二階囃子の稽古や研修会では、鉦の新入りだけが練習する時間がもうけられている)。譜はあまり重視されず、手でおぼえることを基本とする。また、指導者(囃子方会の幹事会のメンバーが中心となる)が注意をあたえる時には、口唱歌ももちいられる。以前は、最初の段階で、先輩が子供の手をとって鉦をするといったことがよくみられたが、今の子は手をもつのをいやがり、おしえる方も恥ずかしいといった感じになって、最近はそうしたことがあまりみられなくなっている。

囃子の指導
〔写真20〕 囃子の指導

初心者の鉦の稽古
〔写真21〕 初心者の鉦の稽古

初心者への鉦の指導
〔写真22〕 初心者への鉦の指導

かつては、まず鉦をならい、それから太鼓や笛にうつったが、現在では、鉦→笛→太鼓という順番で、一通り習得する形態をとっている。笛方になれるのは囃子方にはいって大体10年後、太鼓方は更に10年後である。

太鼓や笛は、先輩のをみての見覚えが基本となる。特に太鼓の場合は、楽器や練習の順番が限られているため、他者のうつのをみながら、膝をうっておぼえることもある。指導者も、若い人にもなるべく大事な場面でうつ機会をあたえていくように心がけている。ヴェテランがうっていると、どうしても若手はたよってしまう。自分1人という緊張感が、太鼓方をきたえるのである。

囃子は、先輩からぬすむものであるとされている。特に、囃子の「間」はそうしないと体得できないとされる。囃子方にはいって10年位たつと、囃子の基本が理解できた上で、変形のパタンがわかってくる。たとえば、「この曲だけは、右[太鼓の右手打ち]をぬくんだな」といった具合である。また、「テレツク テレツク テレツクツ」といったパタンを、たとえば「テレツク ウテツク テレツクツ」と左右逆の逆手でうつと、リズムがかわり、変化をつけることができる。こうしたことがわかるかどうかが、創造的に展開できるかと抜け落ちるかの分かれ目とされる。

渡りは奉納囃子の意味合いが強く、重要なものであり、またテンポが遅いので、間をとるのが難しく、習得が大変である。しかし、テンポが速い方がはやす方もきく方も楽しいため、練習では戻りの曲が中心になりがちである(渡りの練習時間は、全体の2割程度)。そのため、習得には一層の時間がかかる。

かつては、二階囃子の稽古がはじまると、囃子方はたちいれなかった、囃子の稽古場に隣接する行司溜りでは、町内の長老達が囃子をきいていた。そして、囃子がとまると「何してんねん!」と注文をつけたり、囃子の内容に言及したりしていたので、囃子がとまることが無いよう、また恥ずかしい囃子にならないように、特に留意したという。こうした人々の存在も、囃子の鍛錬に寄与していたといえよう。南観音山では、囃子を練習する機会の終了毎に、反省会をひらいて、囃子の向上につとめている。また、前述した、研修会や大人の研修会は、囃子の質の向上に大きく寄与している(「4 囃子の機会」を参照)。

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