10 南観音山における囃子の特色
南観音山で注目すべき事柄は、既に折にふれて記述してきたように、囃子方の運営が組織的で、極めて良くまとまっている事であろう。また、保存会の仕事に、囃子方がかなり大きく関与していることも興味深い。さらに、南観音山をはじめとする後の祭りの町内では、祭りおよび囃子自体をたのしむことを信条にしていることも指摘できる。
また、音楽的な面からすると、自然で素直にながれていく囃子といったものが、南観音山の囃子の特色であるといえよう。さらに、「戻り」の曲が「拾番集」と「番外集」とにわかれていて、原則的に「つなぎの囃子―拾番集の内の〈壱番〉〜〈四番〉―番外集―つなぎの囃子」という形で構成されること、曲と曲の間に挿入される「つなぎの囃子」が細かく規定されていること、鉦・太鼓のリズムパタンと笛の旋律パタンの間に生ずるズレが、他の山鉾とくらべてあまりめだたないことが特筆される。
祇園祭りの他町の囃子と比較すると、笛の旋律パタンは、全般的に月鉾と極めて良くにている。これは前述のように、前祭り・後祭りにわかれていた時代には、月鉾にいっていた笛方がきており、その後町内で笛方を養成するようになってからも、基本的にはその囃子を伝承したことによるものであろう。一方では、鉦や太鼓のパタンには月鉾との違いも多く、また月鉾にみられる、渡りから戻りの移行部にはやす曲目の特別な組み合わせ方・演出方法である「打上げはつか」や太鼓の「変体打ち」(太鼓の一方が「きざみ」(トレモロ風に細かにうつ奏法)を、もう一方が「打ち込み」(その個人のアレンジもまじえた難度の高い打ち方)でうつ)などは、南観音山では伝承されていない。また、鉦の奏法の記号(古い囃子譜)にも相違がある〔田井・増田 2000〕。
さらに、いわゆる上げが曲目の導入部にくみこまれていることや、実質的に2曲1組でグループをつくっている曲目の存在、譜本の表記法からは、函谷鉾や鶏鉾(さらには笛方がでむいていた北観音山)との共通点もうかんでくる〔田井・増田 2000、2004、2005a〕。いずれにしても、月鉾・函谷鉾・鶏鉾をはじめとする京都祇園祭りの各囃子との詳細な比較検討が、今後の課題となろう。