3 曲目と笛の旋律パタン
祇園囃子においては一般に、鉦・太鼓は内容的にもリズムパタンとして1つのまとまりをもち、固有の名称をもつ曲目を形成する。また笛には、いくつかの旋律パタンをそれぞれの曲目にあてはめる形をとるものと、曲目固有の旋律パタンとなっているものとの2種類があることが基本となっている。そして筆者らの一連の報告では、前者を「曲目」とし、後者を「笛の旋律パタン」とよんできた〔田井・増田 2000、2004、2005a、2006、田井 2007〕。しかしながら、放下鉾の場合、笛の旋律パタンは全て個々の曲目固有であるという認識が担い手にある。一方それらの中には、他所における、いくつかの笛の旋律パタンをあてはめる形のものとの類似をみいだすことができるのもまた事実である。ここでは担い手の認識を尊重しながらも、他所との比較の便から、従前と同様の項目構成で記述をしていく。
曲目
囃子の曲目は、山鉾巡行の際に出発から四条河原町までの間にはやす「渡り(渡り囃子、あるいは奉納囃子)」(計5曲)と、それ以降にはやす「戻り(戻り囃子)」(計34曲)との2つに大きくわかれている(全39曲)。前者はいずれもテンポがゆっくりしており、荘重で厳粛な雰囲気をもっているのに対して、後者ではテンポが速く軽快で華やかな雰囲気の曲が多く、対照的な性格をみせている。
また、囃子の曲目の中には、特定の機能をもったものがある。曲と曲の間に挿入するつなぎの曲「上げ」(〈渡り上げ〉・〈戻り上げ〉)、中休みの曲の〈柳〉(〈柳の休み〉)と〈桜〉(〈桜の休み〉)、1日の締めくくりの曲の〈鳩から当の町〉(宵山および巡行の際には、〈鳩から当の町〉より〈日和神楽〉にはいって終了)、日和神楽の曲の〈日和神楽〉である(表1 「放下鉾の曲目一覧」を参照)。
「渡り(奉納囃子)」 | 〈渡り〉、〈霞に千鳥(渡り霞)〉、〈五から日和〉(〈五〉─〈日和〉─〈藤〉)、〈渡り 地囃子〉 つなぎの曲:〈渡り上げ〉 |
「戻り(囃子)」 | 〈地囃子〉、〈男蝶〉(〈壱〉)、〈弐〉、〈参〉、〈四〉、〈五〉、〈六〉、〈七〉(〈間抜〉)、〈鳩〉(〈八〉)、〈九〉、〈拾〉、〈地囃子乱〉、〈獅子牡丹〉、〈旭〉、〈松風〉、〈神楽〉、〈乱〉、〈乱獅子〉、〈翁〉、〈兎〉、〈緑に朝顔〉、〈霞に千鳥〉、〈長六〉、〈長鳩〉、〈虎〉(〈虎〉─〈獅子〉)、〈流し〉、〈男蝶から五まで〉、〈五から拾まで〉 つなぎの曲:〈戻り上げ〉 中休みの曲:〈柳〉(〈柳の休み〉)、〈桜〉(〈桜の休み〉) 1日の締めくくりの曲:〈鳩から当の町〉(〈鳩〉―〈当の町〉)、〈鳩から当の町〉―〈日和神楽〉(宵山および巡行の際) 日和神楽の曲:〈日和神楽〉 |
注) 「渡り」と「戻り」とに、同様の曲名があるものについては、混同をさけるために渡りの曲名の頭に〈渡り 〉とつけた。また、「―」は必ずつづけてはやすことを示す。 |
曲目の転換を順調におこなうためのつなぎの曲として、曲と曲の間に「上げ」とよぶ曲をつける。渡りにおいては〈渡り上げ〉を、戻りにおいては〈戻り上げ〉を使用する。〈戻り上げ〉から〈鳩〉・〈長鳩〉および〈桜〉・〈拾〉につづく場合、接続上の理由から、囃子のパタンの一部を変形する。
また、本来中休みの曲である〈柳〉と〈桜〉をつづけて、〈柳に桜〉とはやす場合もある。全体を3回くりかえすので、時間調整をすることができる(〈柳〉の笛の旋律パタンは、1回目と2・3回目とでは違う)。あるいは宵山などで曲をやりつくして選曲にこまった場合や、同じような傾向の曲がつづいた際の退屈しのぎにはやすこともある。
なお、囃子を開始する際には、太鼓のみによる独奏部分を必ずはやす。祇園囃子の他の山鉾ではこれを「打ち出し」などとよぶ所が多いが、放下鉾では特に名称は無い。
放下鉾の基本の曲は〈地囃子〉である。渡りにおける〈渡り〉の鉦のリズムパタンは、〈渡り 地囃子〉あるいは〈地囃子〉(戻り)を分解したもので、事実上〈地囃子〉である。また、戻りでは、通常はやしはじめる時に冒頭ではやす他、基本的に次曲との間に〈地囃子〉をはさんではやしていく形態をとる(たとえば、「〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈参から旭〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜…」)。また、〈渡り〉では長くのばした囃子言葉「ソーレー トーコートー トーコーヨーイ ヨーイーヨーイー」が全編にわたってとなえられ、〈戻り地囃子〉では冒頭に、「ハア ヤットコ ヨイトコ ヨイトコナ」という囃子言葉がつく。なお、〈五から日和〉(〈五〉―〈日和〉―〈藤〉)からの〈渡り 地囃子〉は、〈渡り上げ〉ともよばれる。また、〈渡り 地囃子〉と〈地囃子〉(戻り)では、鉦のパタンは同じであるが、笛の旋律パタンが違う。
ところで曲目には、必ず2曲1組としてくみあわせてはやされるものが多数ある。それらは、〈男蝶(壱)〉・〈参〉・〈五〉との組み合わせと、それ以外の独自の組み合わせとに大別できる(「表2「組み合わせてはやす曲目一覧」参照)。このことは、放下鉾の囃子の大きな特色の1つとなっている。これらでは、どの部分をくりかえすかが規定されている。特に、〈男蝶(壱)〉・〈参〉・〈五〉との組み合わせの場合、〈男蝶(壱)〉・〈参〉・〈五〉は1回のみはやし、くりかえすことはない。
カテゴリー | 曲名 | 繰り返しの回数 | 備考 |
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〈男蝶(壱)〉・〈参〉・〈五〉との組み合わせ |
〈男蝶から地囃子乱れ〉 |
〈男蝶〉は1回のみ、 |
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〈男蝶から獅子牡丹〉 |
〈男蝶〉は1回のみ、 |
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〈参から旭〉 |
〈参〉は1回のみ、 |
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〈参から神楽〉 |
〈参〉は1回のみ、 |
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〈参から神楽獅子〉 |
〈参〉は1回のみ、 |
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〈参から松風〉 |
〈参〉は1回のみ、 |
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〈五から日和〉(渡り) |
〈五〉・〈日和〉・〈藤〉とも1回のみ、〈藤〉の最後の鉦の「チキチキチ」という部分をくりかえす。 |
実際は、〈五〉─〈日和〉─〈藤〉とはやす。 |
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〈五から乱れ〉 |
〈五〉は1回のみ、 |
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〈五から翁〉 |
〈五〉は1回のみ、 |
実際は、〈五〉─〈翁〉─〈流し〉とはやす。 |
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〈五から乱れ獅子〉 |
〈五〉は1回のみ、 |
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それ以外の単独の組み合わせ |
〈霞に千鳥(渡り霞)〉 |
〈霞〉は1回のみ、 |
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〈霞に千鳥〉 |
〈霞〉は1回のみ、 |
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〈緑に朝顔〉 |
〈緑〉―〈朝顔〉の全体を3回くりかえす |
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〈虎〉(〈虎〉―〈獅子〉) |
〈虎〉は1回のみ、 |
実際は、〈虎〉―〈獅子〉―〈流し〉とはやす。 |
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〈鳩から当の町〉 |
〈鳩〉は1回のみ、 |
宵山および巡行の際には、〈鳩〉―〈当の町〉―〈日和神楽〉 |
また、〈男蝶から五まで〉と〈五から拾まで〉は、番号がついた曲を順番にはやしてくるものであるが(間に〈戻り上げ〉をはさむ)、これらはなるべく多くの曲をはやす意味で、練習時のみにおこなわれるものである。〈男蝶から五まで〉は、テンポがゆっくりである。ただし、〈兎〉をはやすと、〈六〉から〈拾〉までの曲にふくまれる要素をほぼはやすことができるし、〈五から拾まで〉には笛の譜が無く、その後〈戻り上げ〉にはいると笛がとまってしまうので、現在〈五から拾まで〉をはやすことはあまりない。
次に、特色のある曲目についてしるす。渡りでは、〈渡り〉から囃子をはじめる。〈渡り〉の冒頭には太鼓独奏による導入部がある。巡行中ではこの部分を省略し、「ソーレー」の掛け声ではじめることもある。〈渡り〉では前述のように、全編にわたり囃子言葉がはいる。〈渡り〉ではリズム(旋律)パタンの繰り返しをそれぞれ、鉦 3回、太鼓 1回、笛 3回(繰り返すのは、後半3分の2の部分のみ)おこなうことで1回りとなる。巡行における渡りとはすなわち〈渡り〉であるといえる位、渡りでは〈渡り〉を長時間はやす(「4 囃子の機会」参照)。
渡りの曲目は、最初の方ではやす曲目はゆっくりとしており、曲をおう度に徐々にテンポが速くなっていく傾向がある。そして、〈霞に千鳥〉および〈五から日和〉(〈五〉─〈日和〉─〈藤〉)では、テンポはかなり速くなる。両曲は担い手にとって、神様への奉納の曲、特別な曲と認識されており、出囃子(後述)でも重視されている。
戻りの曲から囃子を開始する場合には、〈地囃子〉ないしは〈長六〉となる。戻りの曲のうち、〈獅子牡丹〉、〈松風〉といった曲は調子の良い曲である。〈霞に千鳥〉、〈兎〉、〈虎〉(〈虎〉─〈獅子〉)、〈長六〉といった曲は、単純な構造になっている。なお、〈兎〉、〈長鳩〉、〈長六〉では、繰り返しの回数が規定されている(〈兎〉は3回、〈長鳩〉は3回くりかえし、〈長六〉は、鉦の最後の「チキチン」の部分を適宜くりかえす)。
一方、〈緑に朝顔〉、〈参から松風〉、〈男蝶から獅子牡丹〉、〈兎〉といった曲目は、繰り返しも多く、長大な曲となっている。また、〈緑に朝顔〉では全体を3回くりかえすが、鉦は3回とも同じであるものの、太鼓は1・3回目が同じで2回目は違ったパタンとなり、笛は3回とも違う。また、鉦には「チャララン チャラン チ」というかわったリズムパタンがあり、1拍休みもある。
〈長鳩〉の鉦は、全て真ん中打ち(口唱歌でいう「チャン」、「7 口唱歌・譜」参照)するという特異な内容となっている。同時に現在、鉦をまわして凸面をうつという、祇園囃子の他所ではみられない奏法をおこなっている(写真5参照)。全て真ん中打ち自体は古くからあり、一方凸面打ちは、囃子方が遊びでおこなったものが定着したものとおもわれる。また、凸面打ちをすることには、音を大きくするという意図もあったようである。また、この曲では笛を3回違ったフレーズでふくので、全体を3回くりかえし、そのため笛も難しいとされる(曲名の伝達も、「長鳩三遍じゃ」という特殊なものとなっている。「6 演奏の実際」参照)。
〔写真5〕〈長鳩〉における鉦の凸面打ち
〈五から翁〉(〈五〉─〈翁〉─〈流し〉)では、〈五〉は1回、〈翁〉は3回はやして、〈流し〉にはいる。〈翁〉は、真ん中打ちが全く無く、ゆっくりとした曲であるが、緩急緩のテンポ変化がある。また8拍でわれないという特色をもつ。〈地囃子乱れ〉の鉦のパタンは、他所の〈一二三〉に相当する。〈五から乱れ獅子〉では、笛のヴィブラート奏法(口唱歌では「ヒイタムロー」)が顕著である。
〈流し〉は、〈翁〉と〈虎〉の後につながる曲で、鉦・太鼓は4小節で1回り、笛は9小節で1回りとなっている。最初の4小節でおわることもできるが(〈虎〉の後はやす場合は、はじめの4小節でおわるのが基本)、そうしなければ、4と9の最小公倍数である36小節分、すなわち鉦・太鼓は9回、笛は4回くりかえしてはやさないと終了することができない。放下鉾の他の曲目では、鉦と笛の拍節数はほぼ一致しているが、この曲だけはズレがあると担い手達に認識されている。
曲目の構成
囃子の練習である二階囃子では、現在は囃子を30分はやして、15分休むというパタンを3回くりかえす形でおこなっている。そして渡りの練習は、演奏時間が長くなることもあるので、〈五から日和〉(〈五〉─〈日和〉─〈藤〉)と〈霞に千鳥〉のどちらかがはいるパタンを交互に練習している。すなわち、1日の練習は、第1回が戻り、第2回が〈五から日和〉(〈五〉─〈日和〉─〈藤〉)のはいった渡りから戻り、第2回が〈霞に千鳥〉のはいった渡りから戻りといった構成になっている。一例として、2006年7月3日の曲目を列挙する。
第1回 午後7時2分〜7時33分
〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈参から旭〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈男蝶から五まで〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈兎〉(3回)〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈五から乱獅子〉(3回)〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈霞に千鳥〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈桜の休み〉
第2回 午後7時47分〜8時19分
〈渡り〉〜〈渡り上げ〉〜〈五から日和〉〜〈渡り 地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈翁〉(3回)〜〈流し〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈虎〉(〈虎〉―〈獅子〉)〜〈流し〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈柳の休み〉
第3回 午後8時34分〜9時2分
〈渡り〉〜〈渡り上げ〉〜〈霞に千鳥〉〜〈渡り 地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈緑に朝顔〉(3回)〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈長六〉〜〈長鳩〉(3回)〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈長六〉〜〈鳩から当の町〉
7月13日の午後におこなう「曳き初め」の際は、特に大人の参加者が限られているので、渡りの曲目は無しで、戻りの曲の内〈参から○○〉あるいは〈男蝶から○○〉といった、短いパタンの繰り返しが多い曲目をはやす。曲目の選択は、太鼓方のシン(責任者)の判断による。
2006年の曳き初めの曲目:
〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈参から旭〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈柳に桜〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈五から乱獅子〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈参から松風〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈桜の休み〉/〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈五から乱獅子〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈長六〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈長鳩〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈長六〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈鳩から当の町〉
7月13〜16日の鉾の上での囃子(「鉾囃子」)は、20分間を1単位とし、戻りの曲を中心にはやす。宵山なので、祇園囃子らしい曲目を選択するように心がけているという。ただし、実際は中・高校生が遊びにいってしまうことが多いので、子供でもはやしやすい曲目が中心となる。この期間を通じて、囃子の全曲をはやすことが理想とされるが、こうした事情により、それが困難なこともある。一例として、2006年7月16日の第3回目の曲目を以下にあげる。
〈流し〉〜〈渡り上げ〉〜〈霞に千鳥〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈五から翁〉〜〈流し〉〜〈長六〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈長鳩〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈虎〉(〈虎〉―〈獅子〉)〜〈流し〉〜〈地囃子〉〜〈戻り上げ〉〜〈五から日和〉(〈五〉―〈日和〉―〈藤〉)
7月16日におこなわれる「日和神楽」での曲目構成は、以下の通りである。鉾の上での囃子の最終回の最後は、〈鳩から当の町〉より〈日和神楽〉をはやす。〈日和神楽〉3回の最後までいくと、太鼓方および鉦方は楽器をはずし、全員そのまま〈日和神楽〉をつづけながら、楽器をもって会所下まで移動し(太鼓方の長が先頭)、そのまま日和神楽の行事にはいっていく。ここで大事なことは、鉾の上でもりあがった雰囲気を、囃子をとめることでとぎれさせないようにすることであるという。
日和神楽の行事では、行列の先頭に囃子方保存会の会長および長老が放下鉾の提灯をもってたち、囃子方は太鼓を先頭にして、手にもった楽器で〈日和神楽〉をはやしながら、まず町内を一巡する。会所にもどると一旦囃子をとめ、今度は楽器を屋台にとりつけ、お旅所にむけて出発する。町内をいく時は、〈日和神楽〉をはやす。四条通りでは、〈地囃子〉から戻りの任意の曲目をはやす。お旅所の近くの御幸町通り辺りにつくと、囃子をとめる。お旅所では「ソレ」の掛け声により、〈五から日和〉(〈五〉―〈日和〉―〈藤〉)の後半部分である〈藤〉をはやす(以前は〈五から日和〉の全部をはやした)。テンポをはやくしながら3回くりかえし、おわりかける頃に屋台がうごきだす。その後〈地囃子〉にはいる。帰りの曲目は行きと同様である。
7月17日の「山鉾巡行」時の曲目は、はやす場所と呼応しておおよそきまっている。特に渡りの場合は、はやす曲目と場所とがきっちりときめられている。また、巡行中に全ての囃子をはやせるように配慮されている。
巡行の出発の曲目は、渡りの内の〈渡り〉であり、大丸百貨店の近くまでずっとはやす。それから〈渡り上げ〉にうつり、籤改めの手前で〈渡り上げ〉をとめて順番をまつ。籤改め後の再出発では、〈霞に千鳥(渡り霞)〉からはやしはじめる(かつては〈渡り〉で再出発したこともあるという)。そして、〈渡り上げ〉をはさんで、お旅所の前でテンポをおとして〈五から日和〉(〈五〉─〈日和〉─〈藤〉)をはやす。担い手には、この囃子の曲目を神様に奉納するという意識があるという。その後、〈藤〉の部分のテンポを段々速くして戻りのテンポにちかづけ、四条河原町手前で〈戻り地囃子〉(渡り仕舞)にし、辻回しでは〈参から神楽〉をはやす。鉾がまわりきった段階で、「コーレデ」という声がはいり、〈戻り地囃子〉にはいって、その後は戻りの曲目となる。ちなみに、辻回しの曲目は全てがあらかじめきめられているが、鉦が楽な曲を選択しているという。鉾の遠心力でふりとばされるので、複雑なパタンの曲目は大変だからである。
河原町通りでは、〈緑に朝顔〉、〈兎〉、〈参から松風〉、〈霞に千鳥〉(戻り)などをはやすことが多い。また、〈男蝶から獅子牡丹〉をはやす場合もある。そして、河原町御池の辻回しでは、〈参から旭〉をはやす。交差点がみえてきたら、「参から旭」という掛け声により〈参から旭〉にはいり、作業中はずっと〈旭〉をくりかえし、鉾がうごくと同時に〈戻り地囃子〉にはいるのが理想である。
その後、御池通りでは、〈五から翁〉、〈流し〉、場合によって〈虎〉(〈虎〉─〈獅子〉、〈男蝶から地囃子乱れ〉(あるいは〈男蝶から獅子牡丹〉)、〈五から乱れ〉(あるいは〈五から乱獅子〉)などをはやし、室町御池辺りで〈桜の休み〉にて休憩となる。この間、町の位置関係で、岩戸山と船鉾をおいこさせる。
囃子の再開は、〈長六〉の曲からとなり、新町御池まであまり距離が無いので、その後も同曲をはやす。新町御池の辻回しの曲は、〈参から神楽獅子〉である。
新町通りでは、テンポの速い〈長六〉、〈長鳩〉といった曲目をはやすことが多い(特に、新町通りにはいる直前に、〈長六〉をはやすことが多い)。これは道が狭くてもりあがることと、早くかえりたいという気持ちが反映するからだという。また、〈虎〉(〈虎〉─〈獅子〉)や、それまでできなかった曲目もあわせてはやす。やがて、会所にちかづいてきて鉾がとまる直前に〈鳩から当の町〉をはやし、〈日和神楽〉をつづけてはやす。ここでの〈日和神楽〉はこの1年間が無事にすごせるように祈願する意味ではやすものであり、鉾がとまった時直ぐにはやせるタイミングになることが理想である。〈日和神楽〉がはじまると、囃子方は「あれがなったら祭りはしまいや」とおもうという。
笛の旋律パタン
祇園囃子においては、囃子の曲目は、基本的に鉦の演奏パタンによって決定づけられ、それを太鼓がテンポをとるために先導する。一方、笛の旋律には、いくつかの旋律パタンが、それぞれの曲目にあてはめられる形をとるものと、曲目固有の旋律パタンとなっているものとの2種類があることが一般的である。前者に相当するものとして、「流しの笛」ないしは「地囃子の笛」(11節)、「つくしの笛」(9節)、「かっこの笛」(5節)「獅子の笛」(4節)などがある(いずれも戻りの曲。詳細については、たとえば南観音山の事例(表3「笛の旋律パタン一覧」)〔田井 2006:89〕を参照)。これに対して、放下鉾の担い手においては、基本的に笛の旋律パタンは全て曲目固有のものであり、曲によっては笛の旋律パタンに似通ったものがあるものの、違いもまた大きいという認識がなされている。
しかしながら笛の旋律に、他所における、それぞれの曲目にあてはめられる形の笛の旋律パタンと同様のものをみいだすこともできる。たとえば、『放下鉾笛音譜』(昭和初め頃、加福平一郎氏作成、カード式)によれば、以下の曲の笛の旋律は「地囃し」とされており、他所の「流しの笛」ないしは「地囃子の笛」(11節)とほぼ同じである。〈一〉から〈拾〉、〈兎〉、〈緑〉、〈朝顔〉(伸縮する部分あり)、〈霞〉、〈虎〉、〈桜〉(伸縮する部分あり)、〈柳〉(〈柳に桜〉では、〈桜〉の時、「ヒャ フヒヤー ヒヤイヒヤイ」からはじめる)。〈流し〉や〈長六〉の笛の旋律パタンは、冒頭のみ違いがあるだけで後は一緒であり、他所の「つくしの笛」(9節)に相当する(『放下鉾笛音譜』によれば、「流し」とされている)。また〈獅子牡丹〉の〈獅子〉、〈虎〉(〈虎〉─〈獅子〉)の〈獅子〉、さらには〈霞に千鳥〉の〈千鳥〉、〈五から乱れ〉の〈乱れ〉、〈参から松風〉の〈松風〉の各部分の笛の旋律パタンは4節で構成されており、他所の「獅子の笛」(4節)に相当する。さらに〈松風〉の冒頭の節は、いわゆる「かっこの笛」(5節)と似たところがある。ただしその後にはかなりの相違点がある。
また放下鉾の笛の旋律パタンでは、同じ曲のものでも、くりかえす際に細部が違うということも多い。たとえば、〈長鳩〉ではその違いはかなり大きく、一方〈当の町〉では微妙な違いである。
囃子の構造
戻りにおける〈地囃子〉の笛の旋律パタンは、渡りの〈渡り〉および〈渡り 地囃子〉の笛の旋律パタンを大きく変形したものとかんがえられる。
また、一般に祇園囃子においては、鉦・太鼓のリズムパタンと笛の旋律パタンの長さ(拍節数)がちがうため、リズムパタンに旋律パタンをあてはめた場合、くりかえす度にズレが生じ、原理的にはそれぞれの最小公倍数分だけの節数になるまでくりかえさないとそのズレは解消しない。そのため、担い手達は様々な工夫をほどこしてきている〔田井・増田2000、2004、2005a、2006、田井 2007〕。放下鉾においては、前述した〈流し〉の事例以外には、そうしたズレが無いと担い手に認識されている。