6 演奏の実際
囃子がはやされだしてから、必ず鉾がうごくことになっている。すなわち、囃子と鉾の巡行は不可分な関係にある。
太鼓方の一方が 真 ( しん ) (リーダー役)をつとめる。鉾の上で真がどちらにすわるかは、特にきまっていない。真は囃子全体のリーダー役である。はやす曲目やその順序をきめる他、次曲にうつるタイミングもはかる。鶏鉾では、真と特定の人とペアをくむということはない。また、練習では若手に特に真の役をつとめさせ、経験をつませることがある。
身体動作
一部の曲には、太鼓に特殊な身体動作をともなうものがある。たとえば、左手のバチをいったん右肩にかついでからうちおろす動作( 〈常杢〉―〈萬歳〉
、〈鶴〉―〈旭〉、〈末〉―〈神楽〉)や、胸の前で交差させ両肩にバチをのせる動作( 〈流〉―「〈流〉の返シ」のうち、「〈流〉の返シ」 の「ヨイトコヨイトコ」の部分や
〈日和神楽〉 )である。これらはすべての町で伝承されているわけではないので、研修会で披露した際に、よそにはない珍しいものだといわれたという。
また、以前には太鼓のバチを太鼓の上方で交差させる人がいたという(〈鶴〉―〈地囃子〉、 〈流〉―「〈流〉の返シ」等 )。同様の動作は、京都の祇園囃子を受容したとかんがえられる三重県上野市の上野天神祭りの囃子(祇園囃子)にもあり、相互関係の点で興味深い。
掛け声・囃子言葉
掛け声は、きっかけや間合いをとるために、一同が囃子の間に頻繁にかけるものである。掛け声をきちんとかけないと囃子が混乱してしまうとされ、重要視されている。「ハア」(「ハーア」「ハアー」)「ヨーイ」「ソレ」(「ソーレー」)「ソコ」「イヤ」(「イーヤー」)「コノ」「マダ」「マダショ」「ドッコイ」「ソコジャ」「ヨイトコ」「ヨイヨイ」などがある。中でも、「ハア」「ヨーイ」が重要とされる。
囃子言葉は、間合いやテンポをとると同時に、囃子をおぼえやすくしたり、景気付けのためにかけるものである。「トコヨイ トコヨイ トコナ (ヨイヨイ)」「ヨイトコ ヨイトコ ヨイトコ ヨイ」 「ハア ヤットコ ヨイトコ ヨイトコナ ヨイヨイ」「ハア ドッコイ ドッコイ ドッコイナー」 などの他、太鼓や笛の口唱歌をそのまま使用する場合もある( 「スッテン スッテン テレツクテン」「タウラ」など )。また、 〈日和神楽〉の冒頭には、「ハア ウーチマショ ハ モヒトツセ」という囃子言葉がはいる。
囃子の工夫
祇園囃子では、曲目の変更をスムーズにおこなうために、曲と曲(曲目のグループと曲目のグループ)との間につなぎの囃子(フレーズ)をはさみこむ。つなぎの囃子(フレーズ)は、繰り返しをおこなわない。鶏鉾の場合、地囃子(イキシ)では
〈 地囃子 〉およびそれぞれの曲目の冒頭の一部分となっている 。戻り囃子(モドリ)では、特にはっきりとは担い手によって認識されていない場合が多いものの、強
いていえば2曲で1組になっている曲目のグループのうち、最初の方(繰り返さない 方)の冒頭の一部分がそれに相当する。
次曲にうつる、ないしは囃子を終了することを、「あげる」という。次にはやす曲目の決定は、太鼓方の真(リーダー役)がおこなう。それを伝達する方法は、声にだしていう(太鼓方の真が担当)と同時に、曲名のみ大書きしてある帳面をみせる(太鼓の交替要員が担当)ものである。これは大音響の中、聴覚だけでなく視覚によっても曲目の変更を伝達し、確認するための工夫である。声にだしていう際には、囃子のリズムと笛の旋律にあわせながら節をつけていうこともある(「千鳥じゃ千鳥」「鶴から旭」等)。次曲の名称が伝達 されると、前曲を1、2回はやして、 次曲にうつる。
〔写真7〕次曲の伝達方法
曲目がかわるないしは終了するタイミング(大方最後の繰り返しの冒頭部である)も、太鼓方の真がはかる。太鼓方の真はその個所を流れの中で経験的にわかっている。それは太鼓の交替要員にしらされ、交替要員の 1 人がその直前に「あげや」とさけぶことで他の囃子方にしらせる。そして、その個所になると、太鼓方の真が笛方とめくばせなどをし、笛の旋律をききながら、リードしていく。
囃子を緊急停止する時は、地囃子(イキシ)では〈地囃子〉の口唱歌「チャン、ピー」で、戻り囃子(モドリ)では〈若〉にはいってあげる。 どうしようもない場合には、 笛の「ピー」(高音)を特別に挿入してあげることもある。再開の曲は、太鼓方の真(リーダー)の気分次第であり、直前の曲を再びはやす場合もあれば、他の曲をはやすこともある。
囃子は同じ曲目をくりかえすことが多いので、単調にならないための工夫がなされている。たとえば、前述の太鼓の替えの手や 太鼓の掛け合いの技法 「 打ち込み」 は、その例である。