(日本音楽研究専攻修了生 関本彩子)
謡曲「高砂」は、播磨の国の高砂の浦に九州阿蘇神社(熊本県)の神主、友成が辿り着いたところから始まります。友成は、この地で、夫は大阪の住吉大社の松の精、妻は高砂の松の精という仲睦まじい老夫婦に出会います。
この「高砂」に登場する松は、今も播磨の国の二か所の神社で祀られています。播磨の国は現在の兵庫県の西部、姫路市を中心とするエリアになります。松が祀られている神社の一つは、兵庫県加古川市の尾上神社、もう一つは兵庫県高砂市の高砂神社です。
尾上神社の入り口
6月の晴れた日に、この2つの神社を訪れることにしました。神戸から姫路の方に向かって山陽電車に乗っていくと、尾上の松という駅があります。尾上神社はこの駅から歩いて10分ほどのところにあり、小学校や保育園といった住宅街の中にある、明るい神社です。七代目と八代目の相生之松(尾上の松)が祀られていました。
尾上神社 七代目 相生之松(尾上の松)
私が訪れた日は、たまたま「トライやるウィーク」という就労体験が行われており、境内では、地元の中学生たちが、街のお年寄りたちとゲートボールなどをして、交流をしていました。中学生たちが地域の歴史を学ぶことができるようにと、「高砂」に登場する尾上の鐘が公開されていました。
この尾上の鐘は、尾上神社の銅鐘(どうしょう)という名称で、国の重要文化財として、保管されています。「加古川市文化財解説シート(工芸品3,通番34号)」によりますと、この鐘は、朝鮮鐘(ちょうせんしょう)で兵庫県内には2口しかない珍しいものだそう。
島根県の天倫寺の銅鐘の装飾と似ていることから、11世紀前半、平安時代後期に鋳造されたものと考えられています。「高砂」は、世阿弥作と考えられていますが、その作られた時代には、既にこの鐘が存在していたということになります。
尾上の松駅から普通電車に乗り、加古川を越えて西に進むと、一駅先に高砂駅があります。高砂駅は特急も止まる大きな駅なのですが、そこから、歩いて高砂神社まで向かいました。その間には、商店街や、古い町並みが残されており、北前船の寄港地として栄えた高砂の地の様子を知ることもできます。
謡曲「高砂」の発祥の地であることから、高砂市は、ブライダル都市宣言をし、平和と長寿の象徴である「尉と姥」を現代に受け継いだまちづくりを進めているようです。
高砂神社は、松が生い茂り、殆ど人がいない静寂の中にありました。立派な能舞台があり、五代目の相生松が祀られていました。
近くの商店街の人の話によると、私が訪れた日の前日に、野村萬斎さんが参加する能楽公演が高砂神社行われており、平日にも関わらず多くの方が神戸や遠方から訪れていたそうです。喜多流の大島輝久さんがシテ方を勤めた舞台で、萬斎さんや息子の裕基さんは、狂言、末広がりや高砂の間狂言を勤められたようです。
2023年6月9日の新聞記事では、高砂の間狂言で、祐基さんが着用された復元された高砂染の能衣装に感激した観客の話が書かれていました。その高砂染の衣装は、松の葉模様に竹ぼうきや熊手、松かさなどの縁起物が染められており、能楽師、江崎欽次朗さんが復元を行ったそうです。
2021年の10月の高砂の間狂言で、茂山千五郎さんが着用し、初めてお披露目されたようですが、その際の「高砂」は、シテ方が金剛龍謹さん、ワキ方が宝生欣哉さんで「祝賀能―そのかたちを継承する―翁、風流、開口、高砂」の公演に出演される方々が参加されていたようです。訪れた時は、静寂に包まれ、神秘的な高砂神社でしたが、公演の日は人で賑わい、また違う表情をみせていたのでしょう。
どちらが本当の「高砂」の松であるのかという問いは、多くの人々が抱く疑問でもありますが、訪れたもののその答えは出ません。2つの神社を訪れると、それぞれの神社の雰囲気が、異なっており、それぞれがその土地の中で異なる役割を担っていることが感じられました。
尾上神社と高砂神社、2つの神社は、加古川を隔てて、徒歩で40分ほどの距離にあります。工場と住宅の中にある歴史の面影を感じ、「高砂」の魅力に気付くことができる旅でした。
写真(全て):関本彩子
参考HP
野村萬斎さん、長男・裕基さん 復元した高砂染の衣装をまとい高砂神社で能「高砂」披露|東播|神戸新聞NEXT
https://www.kobe-np.co.jp/news/touban/202306/0016450760.shtml
高砂染の狂言衣装を復元 明治時代の衣装を基に―加古川経済新聞
https://kakogawa.keizai.biz/headline/2177/
出演者インタビュー
エッセイ
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