日時 | 平成19年9月22日(土) 午後2時から午後5時まで |
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会場 | キャンパスプラザ京都(京都市下京区西洞院通塩小路下る) |
内容 | 平家物語を琵琶の伴奏でかたる平家(平曲)は、現在となっては希少な音楽遺産である。 この遺産は、諸外国の伝統的な語り物、日本中世の音楽史、といった大きな世界につながる、大切な窓口である。この講座では、名古屋に伝承されてきた平家琵琶演奏の記録に力を注いだ研究者のまなざしと業績を紹介しながら、平家琵琶の価値、面白さ、そして未来の可能性を考える。 |
講師 | 藤井知昭氏(民族音楽学、国立民族学博物館名誉教授) 薦田治子氏(日本音楽史、武蔵野音楽大学教授) 進行役: 藤田隆則(京都市立芸術大学 日本伝統音楽研究センター准教授) |
平家物語を琵琶の伴奏で語る平家(平曲)は、主として盲人音楽家によって伝承されてきました。もちろん、書かれたものには一切たよらずに、暗誦により、口頭で伝えられています。
京都における伝承の流れには、大きくわけて波多野流と前田流というふたつがありました。残念ながら、波多野流は大正から昭和にかけて断絶してしまいます。一方、前田流の伝承は、江戸後期から京都をはなれ、名古屋の盲人音楽家によって受け継がれてきています(名古屋系前田流)。
名古屋の盲人音楽家に平家(平曲)が伝承されていることは、はやくから研究者に注目されており、1955年には「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」の指定をうけています。その当時活躍していたのが、井野川孝次(1904-1985)、三品正保(1920-1987)、土居崎正富(1920-2000)という3人の盲人演奏家でした。しかし現在は、三品正保の弟子であった今井勉氏(1958年生)がただひとりで、残存する8曲のレパートリーを伝えておられます。これは、きわめて危険な状態であるともいえます。(注)
さて、平家(平曲)伝承の危機を感じ、その音楽面にはやくから目を向け、録音や採譜等の音楽的研究に従事してこられたのが、名古屋の音楽学者、藤井制心氏でした。この度、藤井制心氏が、平家の記録、保存のために収集された平家の録音を、ご子息で民族音楽学者の藤井知昭氏より、日本伝統音楽研究センターに寄贈いただきました。本講座では、いただいた録音の一部分を披露しながら、平家(平曲)の豊かさを伝えることをねらいます。
本日は、第1部として、平家(平曲)研究の第一人者である薦田治子氏に、中世近世の日本音楽史上での平家(平曲)の位置、平家の音楽的特徴等についての概説をいただきます。
つづいて進行役の藤田が、曲目の内容紹介、聞き方のポイント等を簡単に説明した上で、寄贈いただいた録音資料のなかから「宇治川」(一部分)を聞きます。
第2部は、平家の研究をテーマとし、藤井知昭氏に、藤井制心氏の音楽研究、平家へのまなざし等について、実際のエピソード等もまじえつつ話をしていただきます。
第3部は、「平家の価値、面白さ、未来」と題して、平家研究の学問的な意義、平家の音楽の今日的な意義等について、藤井知昭氏と薦田治子氏と、進行役との3人で話します。加えて、平家の録音を繰り返し聞きながら、平家になじむことをねらいます。フロアの質問もうけつけます。(終了予定17時)
平家(平曲)には、用意周到に節が付けられており、意外に面白いものであるということ、またそれが、京都という場所にとっても豊かな音楽遺産であるということを感じていただければ幸いです。
注:
前田流には、盲人演奏家による伝承とは別に、晴眼者による伝承の系譜がある。館山甲午につづく演奏家らがこの系譜であり、現在も複数の演奏家が活躍中である(津軽系前田流)。演奏の骨組みは同じだが、解釈は微妙にことなる伝承である。また、明治以降に隆盛した「筑前琵琶(ちくぜんびわ)や薩摩琵琶(さつまびわ)のジャンルにおいても、敦盛や祇園精舎等、平家物語の内容が扱われることが多い。しかしこれらは、本講座であつかう「平家(平曲)」とはちがうものである。
(藤田隆則 記)
残暑厳しいなか、150名ほどの参加者をえて、会がはじまった。パンフレットを配布した。パンフレットに示した時間割は以下とおりで、全体をほぼ時間通りにすすめることができた。今回は、東洋音楽学会西日本支部との共催であったため、17時から「アフタートーク」と称して、質疑応答のための時間をもうけた。
タイムテーブル
センター所長(吉川周平氏)のあいさつにつづき、司会の藤田が本日の趣旨説明をおこなった(上に掲載した「開催の趣旨」を読み上げた)。
第1部:平家(平曲)について
薦田氏のご講演をいただいた。薦田氏は、現在おこなわれている名古屋の伝承の位置づけをされた。盲人の伝承であること、したがってすべては暗記されているということ等の指摘があった。そして、大事なポイントとして、平家が、語り手の声で語られるものである、つまり、平家は、文学である上に、音楽である、ということを強調された。音楽としての平家には、特徴のあるフシがつけられているが、その豊かさの一端が示された。
つづいて、宇治川の録音の一部分を聞いた。録音を聞く前に、司会の藤田が、宇治川の物語りの説明、その背景の説明を、配布資料にそっておこなった。録音を聞く際には、実際の譜本を提示しながらおこなった。実物投影機に映っているのは、パンフレットにも載せた『平家正節』(尾崎本)である。
第2部:平家の研究について
藤井知昭氏のご講演の前に、司会の藤田が、このたびの公開講座のきっかけとなった藤井制心氏の略歴や業績について簡単に紹介した。また、藤井制心氏が、どのような動機で平家の採譜という大変な作業に向かったか、その動機や作業の内容を知るのに適切な、藤井制心氏の声が残されているので、15分ばかり聞いた。 そのあとで、藤井知昭氏のご講演をいただいた。制心氏のエピソードにくわえ、藤井知昭氏自身のアフガニスタン等の調査のお話があった。琵琶のような弦楽器をもちいた語り物は、ひろくアジアにみられるということ(アジアの吟遊詩人)、そして、盲人の語りの伝統もひろくみられるということ、また、こういったものが、いずれも宗教的な文脈と無関係ではないということ、等、豊かなお話であった。
第3部:平家の価値、面白さ、未来
少し休憩をとったあと、第三部にうつった。最初は、藤井知昭氏を中心にインタビューをおこなった。話題としては、藤井制心氏の身近におられた立場から、平家がどのように感じられていたか、それが諸外国の語り物とくらべてどのようにちがうか、等といったことから、本来の平家はどのようなものだったのだろうか、ということへと話がおよんだ。 また、学者である藤井制心氏が、仏教音楽と平家の関わりを重要なものと考えておられ、宗教と音楽との関わりについても話が進んだが、時間がなかった。 ここで、三人の検校による宇治川の同吟を聞いた。 つづいて、薦田氏を中心にして、平家そのものの節付け等を話題にした。平家はどのように節付けされているのか、この節は、即興でつけられたものなのかどうか、また、この音楽の日本音楽史上での位置づけについても、議論がおこなわれた。最後に、土居崎検校による「宇治川」を聞いた。終了予定時刻(17時)をすこしすぎて、終了した。
アフタートーク
すこし、休憩をはさんだ後、少人数の雰囲気で、質疑応答がおこなわれたが、藤井制心氏によって書かれた『採譜本平曲』と、実際の音源との齟齬の意味など、興味深い問題も提起されたが、今後の課題として残された。 いずれにしても、平家のような伝承の危機をむかえているものにたいして、音楽学者がどのようにかかわるかということについて、その存在の重要性を再確認することができた会だった。
謝辞
集まってくださった市民の皆さんに感謝申し上げます。引き続き、厳しい目で、イベントを見つめていただけるよう、よろしくお願いします。 (藤田 記)