日本語要旨
田井竜一
数度にわたる中絶を経験していることもあって、今まで詳しい調査は実施されないままになっている桂地蔵前六斎念仏(京都市西京区旧下桂村地域)について、詳細な報告をおこなうと同時に、同六斎念仏の特質および伝承の問題について論じることを目的とする。
桂地蔵前六斎念仏をおこなう現在の主要な機会は、盆における「棚経」および地蔵寺の地蔵盆における「舞台回向」である。演目の構成は、冒頭と結尾に念仏を配置し、その間に太鼓物(その曲趣を太鼓の芸で演じる)と芸物(所作事や曲芸など)を多数おりこんでいく形をとる。使用する楽器は、大・中・小のいわゆる六斎太鼓、締太鼓、鼓、鉦(一丁鉦・二丁鉦)、笛(篠笛)である。
桂地蔵前六斎念仏の第1の特質は、いわゆる芸物とよばれる、所作事・狂言・曲芸などの特定の芸を演じる演目が他所にくらべて多いこと、第2は、太鼓物の演目である〈青物づくし〉の存在(その口唱歌において、青物の名称を137種も列挙する)、第3に、太鼓の活躍にも重きがおかれ、太鼓の高度な技法を駆使する曲打ちがあり、見せ場となっていること(〈猿廻し太鼓〉〈獅子太鼓〉など)である。
かつての桂地蔵前六斎念仏は、名人と名人芸を中心にした伝承のあり方をとっていた。このことは、民俗芸能における芸の高度の練り上げと同時に、伝承における危うさという両面をしめすものとして、大変興味深いものとなっている。伝統芸能をとりまく社会的状況が変化する中、伝承の形態は、かつての名人達を中心にしたものから、桂六斎念仏保存会によるものへと大きく変化した。地域の共同体の中で六斎念仏をどのように位置づけ、かつ若い人々を組織化して、 いわゆる芸物を中心とした演目の伝承をどれだけより確かなものにしていくかが、桂地蔵前六斎念仏の今後の課題になっている。
キーワード:民俗芸能、盆、地蔵盆、京都