7 口唱歌・譜
譜本については、文久3年(1863)の銘がある『囃子稽古本』が、元治元年(1864)に兵火によって焼失する以前の菊水鉾の囃子をうかがいしる唯一の史料として、貴重である。その曲目をみると、現行のものと内容的に一致するものがいくつかある一方、そうではないものも多数あり、過去の菊水鉾の囃子のあり方をしる意味で、その詳細な分析がまたれるところである( 表4 「文久3年『囃子稽古本』曲目一覧」参照)。
「渡り囃子」 | 〈地囃子〉、〈地上ゲ〉、〈壱〉、〈弐〉、〈参〉、〈四〉、〈伍〉、〈六〉、〈神楽〉、〈榊〉 |
「戻り囃子」 | 〈戻りの上ゲ〉、〈永〉、〈門ばやし〉、〈シャン止〉、〈ダンジリ〉、〈地ばやし〉、〈三番叟〉、〈獅子(壱)〉、〈弐〉、〈三〉、〈四〉、〈伍〉、〈楓(六)〉、〈七〉、〈虎〉、〈鶴〉、〈日の出(朝日)〉、〈〉、〈さゞれ石〉、〈横〉、〈扇〉、〈お福〉、〈霞〉、〈桜〉、〈緑り〉、〈三霞〉、〈源氏〉、〈菊(葵)〉、〈巴〉、〈井筒〉、〈菖〉 |
注)原本には、いわゆる「渡り囃子」と「戻り囃子」の区別を記していないが、その表記順と曲の構造から分類をした。
復活以後のものとしては、昭和28年(1953)発行のガリ版刷り囃子譜本『菊水鉾囃子譜』(菊童会、鉦のみ)がある。その他個人譜も存在している。 また、囃子方総代の川塚錦造氏が最近、三種類の楽器を統合した独自の譜を作成した〔川塚 2005〕。
これらの譜本は鉦の打ち方を記号化したもので、囃子の練習・習得に使用している。そこでは、三角印(▲)や丸印(●)によって、鉦のうつ位置や打ち方を表記している。たとえば、▲で 鉦の凹面の真ん中打ち(口唱歌では「チャン」と表現)をあらわし、●とその位置で、縁の下部における跳ね打ち(「チ」および「チン」)、縁の上部打ち(「キ」)をしめしている。譜にはまた、掛け声や囃子言葉、タイミングや間合いをとる際の参考になる笛や太鼓の口唱歌の一部もしるしている。その際の太鼓は、四角印(■)をもちいている。
多くの囃子方が譜本を所持しているが、譜をみないことが大事とされる。「本をみてうつもんやない。みだれた時にのみみるもんやで。せやないと絶対におぼえられへん」といったことがよくいわれている。