8 伝承過程
菊水鉾の復活間もない頃は、会所がまだ無く(現在の会所の建設は2003年)、練習場所は転々としていた。囃子方総代の家(川塚彦造氏宅)でおこなっていたこともある。かつては、現在よりも出囃子が多かったので、それが自然と囃子の練習の機会となっていた。
以前は二階囃子が囃子の唯一の正式練習であったが、現在は4月からの会所での練習(4月は1回、5月は2回、6月は3回)、9〜11月にかけての毎月1回の研修会で の練習と、練習の機会もふえており、それが囃子の研鑚につながっている。
囃子の習得は、耳・目・身体でおぼえこむのを基本としている。各自がもっている譜本は、まちがった時や練習のおわった時にだけみるものとされている。菊水鉾では、既にのべたように、三位一体論のシステムを導入し、囃子方が全ての楽器を習得する方法をとっている。これにより、囃子を習得するのも早くて正確であり、それぞれの楽器の苦労がわかり、他の楽器をおもいやりながら囃子をはやすことができるようになっている。
囃子方に入りたての頃は、先輩が手をもって鉦をうたせてもらう。あとは囃子をきき、先輩達のカネスリの動作をみながらおぼえていく。10年程 たつと、全ての鉦の曲を習得し、笛の旋律にあわせて鉦の口唱歌を唱歌することができるようになる。また、この頃になると、ハミングや口笛で笛の旋律をうたうことができるようになり、それにともなって太鼓の音が頭の中に自然とわきでてくる。こうなると、太鼓の習得が可能になってくる。
〔写真11〕鉦の指導
太鼓の場合は、まずバチの持ち方・握り方、手の上げ方・下げ方をおしえ、次に打ち方に9通りあることをおしえて、実際に太鼓をうたせる。最初のうちは、大バチ・小バチ のけじめをつけさせることを重視する。既に下地ができているので、囃子にあわせて膝の上で太鼓のバチさばきができるようになり、バチをもてば何とかうちはやすことができる。特に 太鼓の横で、膝をたたきながら練習するのはとても重要なことである。また、自宅でバチをもって、座蒲団をたたいて練習もする。さらに装飾的な振りについては、家で鏡をみて練習する。「鉦などは下からみていてもわからないが、太鼓はよくみえるので、格好良くきれいにうてよ」ということを指導している。
〔写真 12〕太鼓の指導
笛を習得する頃(囃子をはじめて約15年後)には、既に鉦と太鼓のリズムが体にはいっているので、指の運指がある程度わかり、笛の音さえでれば曲がりなりにも笛をふくことができる。後は、先輩達の指遣いをみながらおぼえていく。本当の研修として良いのは、わざとまちがえて、どう復帰するかをためすことである。
囃子の習得には、リズムをおぼえるだけで最低10年はかかる。格好をつけるのはそれからである。20年たつと良くなる。人についていくのではなく人をひっぱれるようになり、 シンになれるのは、早い者で30年たってからである。すなわち囃子とは、「長いことやってなんぼのもんやで!」なのである。