5 楽器とその奏法
種類・編成
使用する楽器は、鉦(摺り鉦)、太鼓(短胴枠付き締め太鼓)、笛(能管)である。鉾の上の囃子および巡行時の編成は、鉦 8、太鼓 2、笛 8である。巡行時の交代要員はそれぞれ3〜4、5〜6、3〜4で、全体で30人位が鉾の上にのる。
鉦は合金製の摺り鉦である。 以前はいろいろな所の鉦をよせあつめてつかっていたが(注3)、音高・音色が不揃いな上に、劣化して音が悪くなってきたので、平成6年に新しくつくった。銘は、「平成六年 鶏鉾 京伏見住 五代 勘三郎作」、寸法は、凹面直径19.5センチメートル(内径15センチメートル)、凸面直径16.9センチメートル、厚さ5.5センチメートル(内厚4.8センチメートル)である。なお、「寛政三辛亥六月 鷄 鉾 京六条住出羽宗味作」の銘のはいった鉦も現存しており(1791年製作、寸法は〔注3〕記載の旧菊水鉾蔵のものと同じ)、祇園囃子の成立・展開をかんがえる上で、大変興味深い。
鉦は、上部の突起左右2点をとおした紐でつりさげ、それを鉾の桁からたらした布にむすびつける。上部の紐の両方を左手で保持する。右手にもったカネスリとよぶ 角 ( つの ) 撞木で、鉦の凹面をうつ。カネスリの柄は以前はシロナガスクジラの髭製、頭の部分はシカの角製であったが、現在はそれぞれグラスファイバー、プラスティック製のものが多くなっている。その寸法は、柄の長さ30センチメートル、幅1.5センチメートル、頭の直径3.5センチメートル程度である。鉾の上の囃子および巡行時には、奏者のカネスリをもつ手の甲には長い房をとりつけているので、カネスリをうごかす度に房が上下し、一つの見せ場となる。 なお、鉦を新調するまで、良い音がなるようにということから、巡行の前日に鉦の 凹面 に水をはるしきたりがあった。 鉦は町内所有 、 カネスリは 個人 所有 、房は 町内所有 (以前は個人 所有 )となっている。
太鼓は短胴枠付き締め太鼓であり、2個1組で使用する。これを向かい合わせになるように木製の台の上にまっすぐ設置し、太鼓方2名がそれぞれ2本の木製バチでうつ。なお、鉾の上ではやす際には木製の腰掛けを使用する。太鼓の大きさは、直径 35センチメートル(内径25センチメートル)、 鼓長 16センチメートル程度である。バチはキリ製で、 太くて重いものがこのまれており、他町とくらべてかなり太いものを使用している。寸法は、 長さ 45センチメートル、直径3センチメートルである。 太鼓の締め方は比較的軽くしめるもので、他町でも時々みられるような、調べ緒の結び目を上にとびだたせるやり方をする。 太鼓ならびに 腰掛け は 町内所有 で、 バチは 個人でももっているが、 町内所有 の太くて重いものを使用する人が多い 。
〔写真5〕太鼓の締め方
笛はすべて能管である。他町で時々きかれるような、龍笛を使用する例はきいたことがないという。巡行時には笛袋およびその房を腰の角帯から下にたらす。笛ならびに笛袋は個人所有である(笛は 町内所有のものもある) 。
楽器の寿命・状態は、楽器によってちがう。鉦や笛は 20〜30年もち、状態の変化は半円形をえがく。つまり、最初はあまり良くないが徐々に良くなり、頂点をむかえてから下降線をたどる。太鼓は10年程しかもたなく、頂点から一気に下降線をたどるという。
配置
巡行時の楽器の配置は、正面に太鼓方、進行方向右側の欄縁に鉦方、左側の欄縁に笛方である。正面真ん中に稚児人形がのるので、太鼓方は人形の左右にわかれて、後ろ斜め向きにすわる。前述したように、
巡行当日の囃子方のはやす区間や位置といった事柄は、鉦方( 太鼓方 の年長者が補佐)・ 太鼓方・笛方 それぞれの年長者が、話し合いで決定する(注
4)。その基準は基本的には年功序列であるが、それに技量や熱心さなどが加味される。 特に鉦方および笛方の列の前後3名はしっかりした者をおく(前から
一 番手が長)。
〔写真6〕巡行時の楽器の配置
奏法
鉦はすべて凹面をカネスリでうつ。その奏法には、1)凹面の真ん中打ち(後述する口唱歌では「チャン」と表現)、2)縁の下部をうってからカネスリを上にはねる、いわゆる跳ね打ち(「チ」)、3)縁の上部打ち(「キ」)、4)縁の下部をうってからカネスリを下方にはらう、いわゆる払い打ち(「チン」)の4種類がある。これらがくみあわさって、「チャンチキチン」といったパタンがうみだされる。
太鼓のバチの構え方の基本は八の字である。 その奏法には、バチをふりあげる位置(下段・中段・上段)と強さ(弱・中・強)により、1)下段からうつ小バチ、2)中バチ、3)大バチの3種類がある。バチの 押え方には、 2 つのバチでおさえる、いわゆる押えバチと、 片手で軽くおさえるものの2種類がある。鶏鉾では他町とくらべて、太鼓のトレモロ奏法(いわゆるキザミ)は少ない。
なお、一部の曲( 〈松〉―「〈松〉の返シ」、〈竹〉―「〈竹〉の返シ」、〈千鳥〉―「〈千鳥〉の返シ」)のそれぞれの「返シ」 には、「 打ち込み」という太鼓の掛け合いの技法がある。これは太鼓の奏者の一方がくり返しのパタンをうつ間、替わり手となったもう一方の奏者が相手とはちがうパタン(狭義の 「 打ち込み」、「テテスク テレスク テン」等)をうつもので、太鼓の見せ場となっている。
笛の調子には通常高い調子と低い調子がある。鶏鉾の笛は高い方の調子が原則であるが、他町よりも一層高いという評判である。これは息の吹き込み方をちがえることで、より高い音域の音をだすことによる。また、 地囃子(イキシ)では、 笛のヴィブラート奏法が特色である。これは音の切れ目を生じさせないための工夫である。指遣いは、 笛の歌口から近い孔から順番に 番号を付してしめすと、全孔閉じ、第 1、2、3、7孔閉じ、第1、2、7孔閉じ、第1、7孔閉じ、第2、3、5、6、7孔閉じ、第1、2、3、4、5、7孔閉じ、第1、2、3、4、6、7孔閉じ、第1、2、3、4、7孔閉じとなっている。 また、装飾的な技法として、 第 2孔の素早い開閉 などがある(各指遣いに対する名称は伝承していない)。