京都市立芸術大学
Research Centre for Japanese Traditional Music
Kyoto City University of Arts
現代箏曲の先駆的作品。全曲は三つの楽章で構成され,平調子による急−緩−急の,いわぱ古典派ソナタの形をとる。
第3楽章「輪舌」は,冒頭の短く印象的なモチーフが,手をかえ品をかえて繰り返され,循環していくスピード感を楽しむ曲。一種のロンド形式。このモチーフは, この曲の元となった八橋検校作とされる「乱」(乱輪舌とも)を特色づけるものである。このモチーフの中に,さまざまに展開するエネルギーを感じとった宮城が,洋楽の楽式による作曲にこだわりつつ, なお,その形式からも自由にモチーフをはぱたかせている。宮城道雄は,若い人向けの練習曲のつもりで書いたとされるが,箏の音楽の新しい方向を切り拓いた作品といえよう。
現代尺八楽の先駆的作品。全曲は五つの楽章で構成され,それぞれに作曲者の命名になる尺八にゆかりの副題がつく。
「忿陀・明暗」は,第1楽章の「芬陀」の途中から第5楽章「明暗」にとぶ特別のバージョン。しばしぱアンコール・ピースとして演奏される。元来「明暗」は,先行する四つの楽章の主要モチーフが, 回想シーンのように現れるのだが,前奏曲の性格をもつ「芬陀」の冒頭と「明暗」が合体することで,濃縮されたもう一つの「竹籟」が聴かれる。音の幅広い跳躍進行や, 音をみじかく切るスタッカート,音を滑らかに上下降するグリッサンドなど ,古典には使わない奏法がひんぱんに現れ,尺八の可能性を飛躍的に展開させた超絶技巧曲としても話題をよんだ。
諸井は,当時電子音楽をつうじて,作曲界の前衛とされて合理的作曲を推し進めていたが,突然尺八との出会いをつうじて,全く対極的ともいえる作風に転じた。この曲は, 後に竹保流の本曲に定められた。
十七絃のための熟成された作品が,大量に初演された時期の作品。廣瀬の十七絃曲の第二作目となる。
廣瀬は,八橋検校の〈みだれ〉をもとに,現代作品の構想をたてていた。「古典箏曲の名作に対してこのような企ては,不遜な気がしないでもなかつたけれども, 低音の十七絃箏のためなら,八橋に許してもらえるのではないか」と廣瀬は書いている。ここで廣瀬は,クラシックの〈…の主題による交響的変容〉とか,く…によるパラフレ一ズ〉なとを思い出しながら, 日本の造園法の借景を連想した。「作曲には,形式美の整つたく六段の調〉よりも,もっと自由に,しかも表現主義的な深さをもつくみだれ〉の方が,借景するにふさわしいと思つて書いた」という。曲の中では, 〈みだれ〉のモチーフが,垣間見えては隠れつつ変容されていく。宮城の作品が,高音域でのスピード感を楽しむのに対し,廣瀬作品は,低音域での豊かな響きの中で, モチーフの自在な変容ぷりを楽しんでいるかのようである。
廣瀬量平の尺八独奏曲の第三作目。廣瀬は,60年代 ,諸井誠,武満徹とともに尺八に創作意欲を傾注し,尺八隆盛の社会現象を生み出した作曲家の一人。彼の40曲近い伝統楽器の作品の中で, 尺八の入つていない作品は約1/4しかない。尺八こそが,日本人の心の陰影を映した音だとする彼の音楽観は,一連の尺八作品の底流に脈々と流れている。
「たまふり」(魂振とも)とは,古代において,人間の心や体の弱まりを奮いたたせるための儀式のことである。それには,呪歌や舞踏をともない,時には,笛や琴, 太鼓などとともに所作されたともいわれている。廣瀬はいう。「そこにこそ,代々の遠い祖先の世界観や,生命観を感ずるのみならず,こんにちの我々の考え方の根源を探ることもできるように思う」と。く魂ふり〉は,尺八に付随する普化宗なとの禅的な宗教性ではなく, むしろ原日本的感性に由来する原尺八的ともいうべき響きの無限な広がりや,汎アジア的な音空間をもイメージさせる点で,いままでにない画期的なスタイルの作品となつた。
九州系地歌,生田流箏曲を倉部治子,徳吉乃ぶ,小野衛に師事
琴古流尺八・佐々木操風,尺八明暗蒼龍会・岡本竹外に師事
[記:長廣比登志]