潮江宏三学長ご挨拶

本学の日本伝統音楽研究センターの吉川周平所長は、今回、二期4年の所長としての任期を終えられ、退任なされます。そこで今回の日本伝統音楽研究センターの公開講座は、先生の退任記念講座ということになります。

在任期間は、教授の時代を含め、5年間という長いとはいえない期間ではございますが、研究機関としての当センターの活動の活性化にお力を注がれ、創立当初よりさらにきめ細かい活動を展開され、大きな成果を挙げてこられました。学長として、心から感謝申し上げます。

吉川先生は、日本音楽研究の草分け吉川英史先生のご子息としてお生まれになり、幼い頃から邦楽の名演奏、伝統芸能の名演をじかに体験されるという恵まれた環境に育たれました。その経験の厚みは、ご講演やお話のはしばしに感じ取られ、いつもうらやましく感じておりました。

そうしたなかでも、先生は、お父上とは異なって、音とは切り離せないものではありますが、早稲田大学の演劇学に学ばれ、むしろ伝統芸能、民俗芸能の方の研究を志され、これまで着々と成果を挙げてこられました。わたしどもの日本伝統音楽研究センターの研究活動も、そうした視点をもたれた先生をお迎えして、さらにその研究の視野が広がり、たくましさを増したように思います。

わたしは、西洋美術史研究をもっぱらとしてきましたので、十分に理解ができているか怪しいのですが、先生から、踊というリズミカルな規範を有した所作は、なによりも日本人の生活文化、生活空間での動作を基本としながらも、結晶化されることによって動作から所作へ、非日常的なものへ、生まれ変わるものだと、教えていただいたことがあります。

物語絵画を中核とする西洋の美術でも、人の所作、というよりは、ジェスチャー、仕草が重要な意味を持ちます。それが抽象的な観念を表したり、道徳的・政治的寓意を表象したりするのです。イコノグラフィーとかイコノロギーとか言われるものは、描かれた人のなりと仕草がもつ意味を解明する、いわばイメージ辞典のようなものとして存在しておりました。西洋には、ジェスチャー文化が発達しており、こうした例に見られるように、そこでは動作はいつも意味偏重できたようです。

そうしたものからすると、日本の舞や踊りは、まったく意味を込めないとまでは言いませんが、思想を孕むことはなく、形式美を追う傾向が強いように感じます。

本日は、そうした形式美の粋とも言えます、能との関わりが強かった芸能、京都の室町幕府で催され、今では京都では失われた「松囃子」について、吉川先生から退任記念講演としてお話いただきます。学問には欠かすことのできない直感的確信に満ち、また体験に裏打ちされた含蓄深いお話をご堪能下さい。

それに併せて、現在、熊本県菊池市に重要無形民俗文化財として残っている「松囃子」を松囃子御能保存会の皆様に上演いただきます。保存会の皆様有難うございます。本日会場においでの皆様には、その上演によって、京都室町第の新年の祝いの様子をありありと想像し、お楽しみいただけるのではないかと思います。さらに山路先生からは、別の視点からコメントいただけることにも、期待しております。

わたしたち日本人の生活文化もこの30年ほどで大きく変わりました。歴史的時間のギャップはもちろんのこと、生活文化のギャップが大きくなりました。日本人であっても、珍しい異国ものを体験するような遠さが生じつつあります。今回の企画は、解説と上演とコメントによって双方向的にそうしたギャップを埋めようとする好企画だと自画自賛しております。今後とも、市立芸術大学全体の活動はもちろんですが、日本伝統音楽研究センターの催し物にご関心をお持ちいただき、是非とも会場にご参集いただけますよう、お願い申し上げておきます。

最後に、吉川先生にお願いですが、ご退任ということではございますが、さまざまなご要職に就いておられるのでお忙しいとは想いますが、今後とも、京都市立芸術大学における日本伝統音楽研究に、さらには京都市立芸術大学の活動に、ご支援ご協力を賜りますよう、厚かましくお願い申し上げておきます。