193-59〔うたひ鏡〕イ11-00386 うたひ鏡 上〈外題〉 謡鏡集(ヨウキヤウシウ)目録 第一 五音(イン)清濁(セイダク)之事 第二 声(コヘ)之つかひやうの事 第三 文字(モジ)通(ツウ)ずるの事 第四 序破急(ジヨハキウ)の事 第五 呂律(リヨリツ)之事 第六 乱曲(ランキヨク)之論(ロン) 第七 座敷(ザシキ)うたひの事 第八 噫次(イキツキ)の事 第九 曲前(マヘ)の事 第十 しほる曲くる曲ハ差別(シヤベツ)有事【1オ】 第十一 論義(ロンキ)問答(モンダイ)之事 第十二 とむる曲の事 第十三 祝言(シウゲン)幽玄(ユウゲン)恋慕(レンボ)哀傷(アイシヤウ)うたひわ けの事 第十四 二つ并(ナラビ)三つ并字の事 第十五 古歌のうたひの事 第十六 次曲の事 第十七 ながく引間敷字之事 第十八 軽(カロキ)と早(ハヤキ)とハ差別(シヤベツ)有事 第十九 声の枕の事 第二十 のぶる曲の事 第二十一 まくら拍子(ビヤウシ)之事【1ウ】 第二十二 拍子あひ曲の事 第二十三 うたひに寸尺有事 第二十四 うたひの時身の持(モチ)やうの事 第二十五 指(サシ)曲舞和歌上はの事 第二十六 三字(ジ)さがり三字あがりの事 第二十七 謡(ウタヒ)に節(フシ)はかせ付やうの事 第二十八 一調(テウ)二機(キ)三声(セイ)の事 第二十九 文字(モジ)なまり文字をくりの事 第三十 十二調子(テウシ)聞分図(キヽワクルヅ)【2オ】  第一 五音(イン)清濁(セイダク)之事 上音(ヲン)  中       中上      下中      下 あ(イヤ ウワ)い(イヽ ウイ)う(イユ ウウ)ゑ(イヱ ウエ)を(イヨ ウヲ) か(キヤ クワ)き(キイ クイ)く(キユ クウ)け(キヱ クヱ)こ(キヨ クヲ) さ(シヤ スワ)し(シイ スイ)す(シユ スウ)せ(シヱ スヱ)そ(シヨ スヲ) た(チヤ ツワ)ち(チイ ツイ)つ(チユ ツウ)て(チヱ ツヱ)と(チヨ ツヲ) な(ニヤ ヌワ)に(ニイ ヌイ)ぬ(ニユ ヌウ)ね(ニヱ ヌヱ)の(ニヨ ヌヲ) は(ヒヤ フワ)ひ(ヒイ フイ)ふ(ヒユ フウ)へ(ヒヱ フヱ)ほ(ヒヨ フヲ) ま(ミヤ ムワ)み(ミイ ムイ)む(ミユ ムウ)め(ミヱ ムヱ)も(ミヨ ムヲ) や(イヤ ユワ)ゐ(イヽ ユイ)ゆ(イニ ユウ)ヱ(イヱ ユヱ)よ(イヨ ユヲ) ら(リヤ ルワ)り(リイ ルイ)る(リユ ルウ)れ(リヱ ルエ)ろ(ルヨ ルヲ)【2 ウ】 ワ(イヤ ウワ)イ(イヽ ウイ)う(イユ ウヽ)ヱ(イヱ ウヱ)ヲ(イヨ ウヲ) 右あわ字。やの字。のくだりハ喉(ノド)にて云音(ヲン)也。さ。た。ら。な。の字の くたりハ舌にて云音(ヲン)也。かのくたりハ牙(ハグキ ゲ)にて云音也。さのくたり ハ歯(シ)にて云音也 はの字。まの字のくたりハ脣(クチビル)にて云声也  宮(キウ)喉 商(シヤウ)歯 角(カク)牙 微(チ)舌 羽(ウ)脣 扨舌(シタ)の音の出しやうハ 以【3オ】舌ノ端(ハシ)ヲ上歯(ウハバ)のうちつく にあてゝうたふ事也。舌にての清(スム)声と云ハ 舌のさきにて上齶(アぎ)をつきて。  口も歯も開(ヒラ)き。つよく声を出す事也。舌にての濁(ニゴル)音と云ハ 右のこと くにして。只歯斗(バカリ)を慥に合てうたふ事也 喉(ノド)にての音の出しやうハ 歯 (ハ)を不合して。舌をまん【3ウ】中に置て。扨のんどより声を出してうたふ。喉音の 清(スム)声と云ハ 以舌ヲ舌断(シタハグキ)を少をさへ。扨舌を持(モチ)なをし。 はぐきのしも。肉(ニク)の所に舌をつけてうたふ事也 濁(ニゴル)音と云ハ 以舌ノ 端(ハシ)ヲきび敷牙(ハグキ)をさゝへ。前の所に舌をあててうたふ事也 脣(クチビル)音の出しやうハ 口びる【4オ】上下の皮(カハ)を合て。舌をまん中に 置。急に声を出す事也 脣の音の清と云ハ 上下の歯をひらき。舌を正(マン)中に置。 急に声を出すなり。濁声と云ハ 上下の歯を慥に合て。声を出すへしとおもふ時。鼻(ハ ナ)のうちへ心をかけ。声を出す事也【4ウ】 牙(ケ ハグキ)の音の出しやうハ 上 下の歯ひと敷合て。舌を頷(ヲトガイ)の左右に付て。声出すにしたかひ。歯(ハ)をしゞ めてうたふ事也。牙音の清音と云ハ。牙歯ともにひと敷ひらき 舌を上(ウハ)あぎにつ けず。舌ばのうちに付て。声を出す 濁音と云ハ 牙歯慥に合て。【5オ】はなの中へ。少 声をかよハしてうたふ事なり 歯(ハ)の音出しやうハ 舌のかしらを歯のはしにひと敷 して。声を出す事也。歯音の清(スム)と云ハ 以舌ノ頭(サキ)ヲ舌歯(シタハ)のは しをさゝへ 口を開張(ヒラキハリ)て。声を出す事也。濁音と云ハ。舌のさきにて。歯 のさきを【5ウ】さゝへ。慥に歯を合て。舌をしゞめてうたふ事也 此歯音(ハヲン)ハ 諸音(シヨヲン)の宝(ホウ)蔵なり 右五音ともに。清中の濁有。濁中の清有といへど も。もちひて益なき故略之 しかれとも五音(イン)の事ハ音曲者の根本なれハ 朝夕御 気を付らるゝ事肝【6オ】要に候  第二 声のつかひやうの事付出声散の方 声ハ不断(ダン)つかふて尤よし。其内寒(カン)中につかふ事を専一とす。意趣(イシ ユ)いかんとなれハ。木火土金水五行相尅(サウコク)相生(シヤウ)の理にあたれり。 人の肺の蔵(ザウ)ハ緒〈ママ〉声の奉行(フキヤウ)する【6ウ】ものなり 肺ハ金な り。扨冬(フユ)ハ腎にて水の時也 金生水とて水ハ金の子なり 肺金ハ水の母(ハハ) なるによつて。つねに肺より水へ合力する事なり しかれとも冬ハ水の王ヲする時なれハ。 水さかんにして。母の金よりも合力を不請。さるにより【7オ】肺金子の水に合力せぬゆ へ。常よりもさかんなり。肺気さかんなれハ多声しても肺気つかれず 肺のたしかなる時 に。つかひをゝせんためなり。扨つかひやうにさま/\の説(せつ)あれども 只高音 下 音にかきらず 其【7ウ】人相応の調子のまゝにつかひてよし 下音の人も。少づゝ高音 につかひぬれハ。いつとなく高声に成事なり。其しさひハ 常にハ調子のひくき人も。敵 (テキ)とものあらそふ時ハ。次第に声高くなる事目前なり 但(タヽシ)生れなからに して。肺気のよわき【8オ】人ハ 元来声わざを好(コノ)まぬものなり。好ますして声 つかひたりとて よくなり申へき道理なし。うたふ時ハ立居ともに。身をすへて臍(ホソ) の上下両辺(ヘン)より声を取出し。音のぎんはうへにてつけてうたふへし 礼記疏に。 単(ヒトヘ)に出【8ウ】るを声と云。雜〈ママ〉(ナラビ)出るを音と云  食物宜禁(シヨクモツギキン) 大根(コン) 独活(ウド) 牛蒡(ゴバウ) 大麦(ムギ) 粟(アハ) 薑(シヤウ ガ) 蛎(カキ) 鮑(アハビ) 用てよろし 蕎麦(ソバ) 桃(モヽ) 杏(アンズ) 枇杷(ヒハ)【9オ】 胡椒(コセウ) 真瓜 (マクハ) 鮒(フナ) 鮎(アユ) 鯨(クジラ) 用てわろし 然といへとも上音達者(タツシヤ)不用之  出声散(シユツセイサン) △連尭(レンギヤウ) 桔梗(キキヤウ)一両つゝ 川?(センキウ)一両 砂仁(シヤ ニン)一両 訶子(カシ)一両 薄荷(ハツカ)二両 乾薑(カンキヤウ)三両 甘草(カ ンサウ)三両 一 連尭(レンギヤウ) 白水にてよくあらひ用【9ウ】 一 桔梗(キキヤウ) 白水にてよくあらひ かしらをさり用 一 川?(センキウ) 半時程水にひたし よくあらひ きさミ 日にほして用 一 砂仁(シヤニン) 白水にてよくあらひてすこし火にている 一 訶子(カシ) 守につゝミ。あつはいの中にしばらく置て取出し さねを去て水にあ らひ【10オ】日にほす 一 薄荷(ハツカ) 其まゝをろす 一 乾薑(カンキヤウ) 白水に付〈漬〉てよくあらひ 日にほして用 一 甘草(カンサウ) かわを去 其まゝ用 右八味 細末(サイマツ)して散(サン)薬 丸薬 いつれにてもよし 声のかれたる時 大きによし あつき湯にて飲(ノミ)くだすへし 秘薬なり【10ウ】  第三 文字(モシ)通する次第 あの字へかよふ文字ハいつれも/\上音なり 先こゝろみにこれをいはん さの字をなが く引て云は あの字になるなり しかれは さの字ハ上音なり たとへは角田川のうたひ に さてもむさんや の扨のさの字あ【11オ】にかよふ これなり いろは四十余字い つれの字にてもあれ 引てあの字へ通へは上音也 あの字何時いひても 下音にハをのつ からいひにくし うたひの内 何時もあの字になるときは其字則上音としり こゝろを付 よ いの字へ【11ウ】通する字ハ何時も中音なり たとへは井筒のくりの終に 月の秋 とてすみ給ひしに 此にの字をゆりてハ いゝとゆるなり 是則中音なれハ いかに本ゆ りをよくゆれは サシ声云人のためによしと云ても 上音にゆりてハ 文字うつりし【1 2オ】りたる人とは云かたし 中音のきみあひに 上音下音の中にうたふへし うの字へ 通する字ハ中音のうちの上音なり 其心持にうたふへし ゑ 江の字へ通する字ハ下音の うちの中音なり 其こゝろもちかんよう也 を おの字へ通する字ハ【12ウ】下音也 そ のこゝろへ専一也 是秘蔵の事也 此義をきはめて常に物をいふとも 文字なまりなくす なほなるへし 此外文字あつかひとも 奥にしるせり  第四 序破急(シヨハキウ)の事 序といふハ大ていしづかにあるへき也 破は則【13オ】字のことくやぶるへきかたなり  急と云も字のことくいそぎつめる事也 序ハ緒(シヨ)也と注して たとへは糸まきに有 糸の口のやうなる事なり その糸のくちをよく見てよく引出せは 奥まてよく見わけられ  みだるゝ事なし そのことく此序【13ウ】の曲も しつかにうきやかにして はやくも なく またしつかにもなきやうに吟する物なり しかれ共 序吟の時ハ表(ヲモテ)ハし つかに裏(ウラ)ハはやきやうにをのつからきこゆるものなり 此曲大事なり よくうた ひ得かたし 破ハ拍子の常なるをまもらすして【14オ】やふりすて 程を請 又程を破 り拍子にかゝりていそぎつむるか 又程にかゝりてやぶる文字を待か いつれにても一方 破るを云なり 是また音曲者の一大事なり 此心持をしらすしては うたふ事はやす事成 かたかるへし またいかに【14ウ】ほとよくとも 拍子よくとも 一拍子にハいたさぬ ものなり 下手(ヘタ)のわざなり 程拍子をよく/\聞仰 その拍子其程にやぶりつめ  すてつめたるを破の曲といふなり さて程と拍子とは大やう似(ニ)てにぬ事なり よく /\心を付てうたひ見るとき【15オ】ハ 程と拍子はかわりめ有へし 同し事なりと云 人あり いかゞあるべし されとも達者(タツシヤ)の上にてハ尤さも有へし 惣してか やうのところ習ひてならわれず またをしへてそのいとまあらず よくならひたる人たり といふとも 場数(バカズ)をふまぬ人ハこゝろ【15ウ】おほえばかりにて ならハざ る人の 事にあひ付たるには勿論をとりて見ゆ 常に口きゝたりとも はれわざのとき  笑止なるへし うたひにかぎらず 諸芸に有之 此故に世話(ハ)にもならはんよりなれ よ 稽古に有 神変と云名言なる哉【16オ】 急といふハ たとへはうたひはをそくと も 急につめひらき曲する事 是非ともいそぐにあらす 心を付て見るへし 心にばかり 急を可持 口伝有 右序破急の事 強(シヒ)て謡にかきらす 万事に有之 日用の間に 多(ヲヽ)し 又序に序【16ウ】破急有 破に序破急有 急に序破急有 かんがへ見る べし  第五 呂律(リヨリツ)之事 呂律ハ陰陽なり 呂の事ハなへてやはらかなる声なり 律はたちてこわき声なり 呂の曲 ハのぶるとも またハしづかなりともいふなり 琵【17オ】琶法師の平家 是呂の声 呂 のふし 呂の曲なり うたひにて呂の声といふハ 文字をつよくいひかけて のべてやハ らぐるを呂のうたひ音といふなり 又呂角 呂宮 呂微(チ)と云曲あり 呂角と云ハの べてよくうたひこめたるを呂角といふなり【17ウ】 呂宮ハ平家のをり声のやうなる行 やうにて するりと行を呂宮といふなり 又呂微と云ハ只する/\と行やうにて いそき 懸るかとおもへは 又延て云 これすなはち呂微の曲也 むつかしき曲の第一なり 表紙 をはつれず 此呂【18オ】の曲をうたひ得る人まれなり 乍去こゝろを付て曲するにお いてハ 又得られずといふ事なし 律は大ていをいへは まつすぐにしてふしなきものな り 節なしといへはとて 是は諸国一見の僧にて候 とうたふ様なる事にてなし【18ウ】  たとへは瀧(タキ)川のながれのごとし する/\と云くだして 呂のふしへわたすをい ふなり 又律商(シヤウ)と云曲 律羽と云曲有 律商と云曲はすぐに云くだすうちに ま たいひやハらぐる所あり これを律商の曲といふなり 律羽といふは【19オ】する/\ とつめて云行を云なり 律微といふ曲 律羽の曲と大かた同事なり 其内上て云曲に律微 を用 此律微の音曲 たとへは鉄丸のことしといへり 呂の音は呂の音 律の音は律の音 にばかり定て曲すれハ 呂ハやハら【19ウ】か過て いづれの所もうれいにきこえてあ しく候 律ハぎこつにたちとがりて いつれの所にてもふしにつやすくなくして きゝに くし 呂の声の時ハ下心には律をはなさず 律の声のときは呂をはなさず曲すへし【20 オ】 惣して呂律は陰陽の二つなれは をのづから陰中の陽 陽中の陰あれは 一方はな しすてゝは 音声とゝのふる事なし うたひに不限 万事陰陽はなるゝ事なし  第六 乱曲之論 乱曲 蘭曲同前なり【20ウ】 世間に乱曲のうたひとて 何(ナン)番と数さだまれる やうにいふ事 これあやまりなり 元来蘭曲は文字にもみたるゝと書なり 祝言幽玄恋慕 哀傷にかゝハらす曲するを云なり 音曲達たる人ハいつれの謡を乱曲に【21オ】いはん 事やすし 但はやき事ハすこしハ曲しかたかるへし 乱曲ハ祝言(シウゲン)幽玄(ユウ ケン)恋慕(レンボ)哀傷(アイシヤウ) 此四音成じゆのうへの曲也 乱曲は是謡の正 意にかなわぬ事なり 当時のうたひは祝言も乱曲にうたふ 目出度もなき事なり 程拍子 【21ウ】にたかハねば 乱曲はうたひの音にさへはつれねは しさいなしと見えたり  そのゆへハ 家/\人々の乱曲 多ハふしかはれる事なり しかれとも 乱曲と云から  ふし 音声 吟の色 句きり 拍子 あひかはりたるやうにきこ【22オ】ゆるものなり  うたひのかくをはなする人有 笑止 声(コヘ)あやのよきを上手とする迄なり その内 かはれるふしをうたはんならハ そのまへをするりとうたひて 人のおもひよらぬ所にて 奇(キ)妙の節をうたふへし【22ウ】 初より乱曲にうたふ事 いかゝ有へし 此曲大 事とする事ハ 初心の人の謡事ならぬ故なるへし 此ゆへに軽忽(ケイコツ)にさせじが 為(タメ)ならんか 大てい乱曲うたひのさだまりは 真の乱曲ハ東国下 西国下 隠岐 院 嶋めく【23オ】り 草の乱曲ハ老松の曲舞 東岸居士の曲舞なり 行の乱曲と申ハ しらひげ きさきぞろへ 先帝の身なけ 乱曲ヲ仏道に比すれは 文字言説にかゝわらす 悟道に比す  第七 座敷謡之事 拍子のうたひハ鳴物にまきるゝ事も有へし すうたひはふしの善【23ウ】悪も程拍子あ ひも すこしのつまつきまてきつかりとあらハれ 地のさそうにいたるまて 其人のぶた しなミとしらるれ 其会のうたひの番組の通 得心する事 上手芸なり たとへ不断流通 (ルツウ)の人なりといふとも 放(ハウ)心【24オ】せさるを名人とせり 扨その座 敷小座敷にて 同音も不人 聞(きく)人もすくなき時ハ 大かた調(テウ)子ハ平調(ヒ ヤウテウ)にうたひてよし 但我心のうちに吟してみるへし 平調なれはよきと云ても  うまれなからにして平調の調子に【24ウ】かゝらぬ人は いかゝすへし 平調にかきる といふハひが事なり 其人ハ我心にかなふ調子可然候 扨大座敷数人のときハ 双調にう たひよろしかるへし 双調かなハすハ右のごとし 此二調子の高下の程を知事 第三【2 5オ】十の所に委細にしるせり 扨シテワキともに心をさためて 祝言幽玄恋慕哀傷の音 声 其程/\にうたひいだすべし 惣じてワキがた 我声のよきをきかせんとて ぶ功人 ハ大夫にもかまハず 調子をかへ【25ウ】て ゑしやくもなくうたふ事 傍若無人(ハ ウジヤクブジン)也 その相手/\のかたへ調子尋る事 秘事也 ワキ方うたひの次第ハ  大臣ワキハちよくしなれは 初よりいかにもうずたかくうたふ事なり 神しよくのワキ大 かた同前 これも【26オ】すこしのかわりめ有とも 用て益なき事なり 僧ワキ 下僧 上り僧のちがひありといへとも これもゑきなし 大ていにうわにするりとうたふへし  関寺なとハいかにもしほれぬこゝろを持て つよ/\とうたふへし【26ウ】 人あき人  これもしほれす あら/\とうたふへし 論義とい懸の事 大臣ワキ神霊へのといかけ論 義 うやまふ心持あるへし 田夫のあひしらひとハ各別たるへし またあふむ小町なとの 類ハ 田夫とはちがひ有【27オ】へし 僧ワキも 名僧貴僧 田夫とひかけ論義 前の 通 但女のたぐひ 児童(チゴワラハ)のるいハ しとやかにとひかけてよし まほろし 夢中の人にことばをかはす事 一虚(キヨ)一実(シツ) 哀殺(アイセツ)の音と云り  いつれの家にも この【27ウ】音声 秘蔵の事なり 物狂に論義ハ 僧俗ワキともにう つくしがらせず たしかにことわる事なり 下人へのあひしらひ またそのこゝろへある へく候 鬼神または人を打(ウツ) ワキ論義といやうすこしもよわ【28オ】みをあら せず おもしろくもなく きひしくこゝろにうたふへし 右の条々 かやうにかきしるせ はとて りきみを付あまりうまくにせるハ かへつて大きにきらふ事なり ワキ謡ハ音曲 がらせず たゞする【28ウ】/\とうたふ事 大夫への時宜なり 大夫心持同前 此等 の義ハ書進上いたすに不及 その謡/\にしぜんにさだまり有事に候 乍去 此心得にう たハすしてハ達者とハ申かたく御入候 去年 有吟【29オ】味したかり給ふ人の前にて  清経 の曲舞よりきり迄を所望によつてうたひ候へは 過て後 修羅(シユラ)のうたひ やうにハすこしよハくきこへ候と申されき 返事に 修羅もしゆらによる事に御座候 き よ【29ウ】つねハ左中将にて公家なれハ 武将の修羅よりもすこしよハく我家にハうた ひ申なり 仏経に現在の果を見て未来をしると金言御入候とこたへて御さ候へは 一座け にもといふ人おほし さて又太夫(ツレ)【30オ】ワキ(ツレ)ともに つれにたつ人よ りも調子をめらせてうたふならひなり 太夫うたひ出しよりハ一字分中ほと ツレをそく つけてよし 太夫と同し出やうなれハかならずそろハぬなり そのゝちは太夫のうたひを 取【30ウ】入て 一口にうたふ物なり 太夫とそろはぬはちじよくなり 惣してツレ ワ キにかぎらず 鳴物 狂言にいたるまて 太夫にしたがハずといふ事なし 又地のうたひ やうも右の心持によるへし さりなから 地うたひハ【31オ】いつれもそのしなよりよ り〈ママ〉も すこしつよくうたふ事ならひなり  第八 噫次之次第 いきつぎの曲ハ いかなるうたひにもおほくある事なり いきのつまる事あらは とむる てにはの文字を一つすてゝ云 又うたひとむ【31ウ】る所のなかく引字有へし 其引文 字を引すして いきを次へし かづら女なんどのうたひに いきつきのあら/\敷ぎちつ きたるハすべて聞にくし いきの次やうハ いかにも/\しづかに次をよしとす 惣して いき次と【32オ】いふは 一字をいはすしていきにする也 句(ク)次といふハ うち 切時いきをつかずに云て うたひ出す事なり たとへハ 千代の声のミいやましにいたゝ きまつるやしろかな/\ このいやましにのにの字をひかずしてうたふ【32ウ】 八嶋 浦風まてものとかなるはるや心を 野々宮 きてしもあかぬかりの世にゆきかへるこそうらミなれ/\ 井筒 ゆめ心何の音にかさめてまし/\ 錦木 千度百夜いたつらにくやしきたのミなりけるそ/\【33オ】 御衣すそ 枝をならさぬあめつちの神のいとくハ有かたや/\ 当麻 法の庭にましるなり/\ 右かやうにまわして行字をまわさすしてうたひて あぢハひよきをいき次の曲といふなり