193-62〔諷極秘伝書〕イ11-00342 謡極秘伝目録(うたひこくひてんもくろく) 一 諷うたひやうの事 一 四季(き)調子(てうし)の事 一 五臓(さう)の声(こえ)の事 一 調子の性(しやう)の事 一 常(つね)に御嗜(たしなみ)あるへき事 一 諷節(ふし)大事(たいじ)の事 一 口中開合(こうちうかいがう)の事【目オ】 一 しやうくの習(ならひ)の事 一 わきとしてと心得の事 一 声つかひやうの事 一 拍子(ひやうし)の事【目ウ】 謡極秘伝(うたひこくひてん)上 先指寄(まつさしより)て誰(たれ)も御うたひ候へ共小謡大事のものと申伝り候 一節(ふ し)も御謡(うたひ)候かた様ハさかもりなどにて諷も有へきとおほしめし候時まへかたよ りうたふへき事を心にかけ所望の時其まゝ御謡候事第一専(せん)にて候 其上春ならは春 の事をつくりたる小諷を何にても心を祝言(しうげん)にうたふへし 祝言といふハ心を ハり一旦にたゝしくかろく吟(きん)つよく物を略(りやく)せさるかしうけんにて候 其 時にいたりて季(き)の諷心に出さる時は関(せき)寺小町のさゝなみやはまの砂(まさこ) といふ所をしう【1オ】けんにうたふへし 是ハ四季ともにくるしからす候 小謡一ツ其 心をうたひ候へハ跡は何にても不苦(くるしからす)候 音何ミの哥に うたハんに先しう けんをもつはらに さて其後ハれんほあいしやう さて小謡ハ序(しよ)よりうたひ候かよく候 しよと申ハ音つれハ松にこととふと云(いふ) 所にて候 かやうの所ハいつれの小うたひのまへかたにも御入候 序より謡申候へハかな らす小謡(こうたひ)をかへし候間うたふ物にて候 又序なくとも初にうたひ候小謡ハ返 (かへ)し候て謡候物にて候【1ウ】ことたらぬハ無祝言にて候 数多(あまた)うたひ■〈虫 損〉時ハ返さすに謡候てよく候 それも一人諷出させ跡をみな/\付候ハんと申候者 か へし候而御付させ可有候 但しむことりよめどりのときハかへし不申候 送りの時ハ返し 申候 又舟にのり候てよそへ行候時かへさぬ物にて候 よろつ此こゝろにて候 観世宗節 (くわんせそうせつ)新宅(しんたく)の能に杜若(かきつはた)御座候時あけはをしなの なるあさまのたけにたつ雲のとあけられ候 是にて心得有へき者也 哥に 初たる所へゆ きてうたひなは しゆにんの名字なのりとふへし【2オ】 さしあひうたふましきときの心得なり座敷(さしき)をつくりやうにより陰陽(いんやう) の心得専(せん)一にて候 西北は陰なる間其方へむかひたる座敷ならは謡かろく吟(き ん)もハりめらぬやうに諷へし 東南ハ陽なる間すこしおもく吟もめり候て謡へし 陰に ハ陽をあてかひ陽には陰をあてかふへし これ陰陽和合(わこう)なり そうして謡のくら い時により方角(はうかく)により申候間かろき物にもおもきものにもかきり不申候 つゝ みも同事のよし申候 哥に それ/\のくらいによりてかハるへし【2ウ】 老若男女(ら うにやくなんによ)そうそくにあ■〈虫損〉 一 四季(しき)の調子(てうし) 春ハ 双調(さうでう) 夏ハ 黄鐘(わうしき) 秋ハ 平調(ひやうてう) 冬ハ 盤渉(はんしき) 土用ハ 一越(いちこつ)【3オ】 〈図あり〉月之調子 正月平調(ヒヤウテウ) 二月勝絶調(シヤウセツテウ) 三月下 無調(シモムテウ) 四月双調(ソウデウ) 五月鳧鐘(フシヤウ) 六月黄鐘(ワウシ キ) 七月鸞鏡(ランケイ) 八月盤渉(バンシキ) 九月神仙(シンセン) 十月上無 調(カミム) 十一月一越調(イチコツ) 十二月断(ダン)金調 十二時もおなし事とらの時を平調にあて申候 それより次第/\也【3ウ】 五臓の声 肝(かん) 東(ひかし) 春木(はるき) あをし 角(かく) 双調(さうてう) 目 (め) あちハひはすしこゑはよバふ肝(かん)これを主(つかさ)どる 心(しん) 南(みなみ) 夏(なつ) 火(ひ) あかし 徴(ち) 黄鐘(わうしき)  舌(した) にがしそのこゑハわろふ心これをつかさとる 脾(ひ) 中央(ちうわう) 土用(どよう) 黄(き) つち 宮(きう) 一越(い ちこつ) 唇(くちひる) あましそのこゑハ哥うたふ脾(ひ)これを主とる 肺(はい) 西(にし) 秋(あき) 金(こかね) しろし 商(せう) 平調(へう てう) 鼻(はな) からしそのこゑハかなしむ肺(はい)これをつかさとる 腎(じん) 北(きた) 冬(ふゆ) 水 くろし 羽(う) 盤渉(はんしき) 耳(みゝ)  しわハゆし其【4オ】こゑハによう腎(しん)これをつかさとる 十二律(りつ)五いん さま/\おほけれと しんよりこゑの出すとそいふ 一 調子之性(てうしのしやう) 〈図あり〉 木 春のとのこゑ 火 はのこゑ 土用 きばのこゑ 金 したのこゑ 水 口ひるのこゑ 【4ウ】 双調(さうでう)ハ 黄鐘(わうしき)ハ 一越(いちこつ)ハ 平調(ひやうてう)ハ 盤渉(はんしき)ハ それ調子ハ多調子かぬる心得其外いろ/\の事候 一とも少々(せう/\)心つくし候分 にてハ中々難成(なりかたき)事【5オ】にて候其上いかにつきの調子にて候とても神仙 上無なとにてハ声出不申候間不叶事にて広(ひろ)き座敷にてハ出調子とかく狭(せば) き座敷にてハ出ひきく御諷候心得尤にて候 哥に うたハんに調子をひきく吟しつゝ み しかき事をまつうたふへし さしよりてうたふ調子ハさうてうか 後ハわうしきばんしき もよし 常(つね)に御嗜(たしなみ)可有事 一 目をふさきうたふ事【5ウ】 一 人をしかるやうに謡事 一 手ずさみする事 一 もじのしぬるやうに諷事 一 拍子をとか/\うつ事 一 こゑをふとくほそく諷事 一 かしらをふり候てうきしつミ面白からす事 一 貴人御さかつきの内に長き小謡後に諷事 一 謡一番(はん)の内後に謡前にうたひ前こうたひ後にうたふ事 大かた右の分あしく候 哥に【6オ】 けいこをはハれてするそとおもひなし はれをハ 常のこころなるへし ハれの役(やく)まへのけいこをよくなして 其期(ご)はこゝろ ゆう/\ともて およそ謡はとうより声(こゑ)を出しほがみに心を置(をき)下心をは りうわかわをなにとなく謡候かよく候 又はりつけとて腹(はら)をハりおとかいをのと へ付く下ばを上はより出し舌(した)を下へ付て謡へしとあり かやうにうたひ候へハか ならすくひより上に心ありて口のはたかうへよりこゑ出候て【6ウ】むなへ入謡のわけきゝ にくき物なり 哥に 音曲(をんぎょく)はたゝ大竹のことくにて すくに清(きよ)く て節(ふし)すくなかれ よき音曲と申ハ謡のおもてする/\としてかる/\と上にハふ しなきやうに聞えてそこに節こもりのべちゞめたくさんにて其さかひ耳(みゝ)に立候ハ ぬやうにうたひ候物と申伝(つた)へ候 哥に あふさかの関(せき)のしみつのかけみ えて いまやひくらん望(もち)月のこま 逢坂(あふさか)の関の岩(いわ)かとふみ ならし【7オ】 やまたち出るきりわらのこま 初の一首ハなにのふしもなけれとも数通 (すつう)吟(ぎん)し候へとも口にもあたらす耳(ミヽ)にもたち候はて其感(かん) ふかし 後の一しゆハ少聞ところおもしろき様にて候へとも数通吟し候へハ口にこわくあ たりしミつの哥にハ無下(むげ)におとり候と古人も申をかれ候 音曲も清水の哥のこと くやすらかにたけたかくみゝに立ぬやうにあらまほしき物にて候 花紅葉(はなもみち) 外と見事なるものハなく候へとも木つきかじけ枝(ゑた)のふりあしく候へハみられ不申 候 ことに【7ウ】謡は御慰(なくさみ)ものにて候へハくせなく聞よきやうに御たしな み尤候 むかしより声を忘れて曲をしれきよくを忘れて拍子(ひやうし)をしれと申候 謡 さへうたひ候へハこゑひとり出て聞よく候 ゆめ/\声をよく出し候ハんとこゑに心を御 つけ有ましくしたるきも諷の自由(しゆう)になきことみな声にこゝろを付る処にて候 又 ふしはかりに心をかけ師匠(しせう)のことく少もちかへしと皆御うたひ候 かならす謡 すくみかたくなり申候たとへハ名あるほくせきなとを上に紙(かみ)ごしらへをして少も 違(ちがひ)候ハぬ様【8オ】にすき写(うつし)に仕候とても同(おなし)心にハ用ひ 不申候 ふしはかりにて四座ともにちかひ候へともいつれの座にても諷やうしりたる人を 上手と申候 むかし人ハこんきつよく候により同し事をいく色にても名を付ならひにて候 とむつかしく申置候かとみえ申候 今ハ人の心みしかく成候間くどき事をはのけ候て大か た入候ハて不叶事とも書(かき)あかし申候 当座(たうざ)の花ついの花といふ事あり  哥に おもふにや時のはなのみかさしつゝ ついのはなをもうちわするらん【8ウ】 み わたせは花も紅葉もなかりけり うらのとまやの秋のゆふくれ それ当座の花ハさて/\見事かなと思へ共花ハ七日をへて散(ちる)ものなれハやかてけ うなく成ものにて候 月ハ常住不滅(しやうぢうふめつ)にして尽(つく)る事なくおも しろき物にて候へハ夕くれの月ハついの花にて候 習ともをよく/\御稽古(けいこ)候 間其心ふまへていかやうにも新敷(あたらしく)御謡候ハヽ是ついの花にてけうあり面白 く御入可有候 論語(ろんこ)に古(ふる)きを尋(たづね)てあたらしきをしるといへ り此心なるへし 皆人ことに【9オ】謡を忘れすにおほえうつくしくて拍子にあひ声さへ 出候へハはや此うへハ有ましきと思ひ候間じまんし人もゆるさぬ上手に御成候 右のこと く諷候へハ大かたハ能やうにゝつとも中々上手とは不被申候 是当座の花にて悪(あしく) 候 よく拍子にあひ候ハヽしたるき位してき候へし 是拍子ふとく申候て殊外あしき事に て候 拍子の間より謡出しほとより拍子にうつりあふてあらぬ心もち是程(ほと)拍子と てかろき音曲(おんきよく)に仕候 心に諷候ハんと存候へハむかしより御人の申置候習 共をよく/\修行(しゆきやう)不仕候【9ウ】へは難成事にて候 是ついのはなにて聞 さめなく候 哥に 声出すに小音なりと音曲を ならひてうたふ人そゆかしき 又いかにさらりとのひやかにうたひ候かよく候とて人にも謡てとよはれ切者(しや)なる ものゝ幾度(いくたひ)謡とも何事なくおなし事ハかりにて候 其感(かん)なき物にて 候 一番(はん)の内にてハ一所二所あたらしきふしをも謡ぬく拍子 かくる拍子なとも 御うたひ可有候 さやうに候へハ一かと聞事に覚候申候物にて候【10オ】 古人の謡置 候めつらしき節なといかほとも御覚候而とき/\御うたひ可有候 さやうに候とても め つら敷ふしたくさんにハかまへて御うたひ有ましく候 又めつらしくなく候 初心(しよ しん)の人なとハ一ふしも御諷候事御無用(むよう)ニ候 一 たけくらへ 秋のせみのきんのこえ 一 三ののゝ事 六宮のふんたいの顔色の 一 三字あかり うきねそかハる此うミハ 一 三字さかり はな見車くるゝより 一 三ひき はるにあふこと【10ウ】 一 二字おとし たくひなききひにかく 一 一字おとし むかへハかはるこゝかな 一 三重おとし 老の身のよはり 一 かたおとし 初てのそむ老の身の 一 ふしなまり 清水寺のかねのこゑ 一 文字なまり こかねのきしにいたるへし 一 ■〈虫損〉かへをとし 夜あらしにねもせぬ 一 かたくり 太液(たいえき)のふやうの紅 一 白くり あひしやうのこころ 一 くり事 まさきのかつら【11オ】 一 二字くり たゝゆめのよと 一 ひろふ 定家かつらの 一 いるゝ 月雪の 一 よする まくらをならへし 一 はこふ 草はう/\としてたゝ 一 口を切(きり)心を切さる所 またある時ハこゑをきき 一 心を切口を切さる所 はる過夏たけ秋くる 一 くちも心も切所 あはれそ消しうき身也 一 文字(もし)をしやうに謡 求めえたくそ 一 しやうを文字に諷 ふうそう雨滴(したゝ)りてなれし【11ウ】 一 たけのミやこちに 一 しのにものおもひ 一 来りてなくこゑをきけハ 右三所のしやうつゝみをはやす謡やうなり加様の処ハいつれも同前定垣(さたかき)弥左 衛門 哥に としふれハかわる事のみおほき中に つゝみをはやすうたひ手もかな 一 文字のしやうちかふといふは みえぬ 見えぬ たらぬ たらぬ【12オ】 一 口中開合(こうちうかいこう)の事 〈図あり〉あいうゑを 鼻咽(はなのと)につうす かきくけこ はにつうす さしすせそ 歯(は)と舌(した)に通(つう)す たちつてと あきとにつうす なにぬねの はなと腮(あきと)に通す はひふへほ 唇(くちひる)あわせす まみむめも くちひる合す やゐゆゑよ はなより出【12ウ】 らりるれろ 舌をふる わいうえお 鼻咽を通す 〈本文のあ段からお段の各段にそれぞれ対応する〉口ヲスホム 舌ヲ出シ口ヲ中ニヒラク  ハヲカミ口ヲホソム ハヲカミ唇ヲヒラク ハモ唇モヒラク 一 しやうくの習の事 平声(ひやうしやう) 上声 去(きよ)声 入(につ)声 〈前行の各項目に対応〉チヤ ワン テン モク【13オ】 月次ノトウ 人ニ物トウ 弓シケトウ ツムル 〈前行の各項目に対応〉頭(とう) 問(とふ) 藤(とう) トツ 一 宮(きう) 商(しやう) 角(かく) 徴(ち) 羽(う) 〈図・ゴマあり、前行の各項目に対応〉スク クル スクム ユル ノル 〈前行の各項目に対応〉木の下陰(したかけ) 国も治 松を言問(こととふ) 音信(お とつれ)は 所高砂 一 りよりつ (りよハふとく りつハほそく) 一 炎天寒(えんてんかん)天 (あつし さむし) 一 横竪(わうしや) (よこ たて) かやうの諷やうのならひあまた御入候へ共しよはつ【13ウ】きう一色よく御稽古(けい こ)候へハすミ申御心同前に候 一 しよはつきう是なかくのへたる謡をハかろくひろいてうたひろいたる謡をのへて謡候 事に候 又地の外とらて拍子のまを謡候て行候事あり たけたるくらひにてなく候へハ成 かたく候 一 もしうつり 是ハ何にても字引候へハあとに一字つゝもしをうむ物にて候 らの字をなかく引候へハあ の字てき申候 たとへハさひしき道すから秋のかなしミといふ所らの字をなかく引あの字 をいふにおハす〈ママ〉【14オ】きの字にうつりももしうつりにていつれもこれと同前 一 女はかせ (いんなりよる也 うつくしく少よはくハる) 一 男ハかせ (やうなりひる也 あらめにつよく) 謡一番のうちにもめはかせおはかせ御入候 しゆえんをやめ給ふ御心のうちそいたハしき といふ所めはかせなり かくてしけひらちよくによりといふ所おハかせなり 右いつれも 同前鳴(なり)物もおなし心得と也 とかく謡ハそれ/\のけたいのことく候 心持候て うたひ候へハ上手にて御入候 心もち諷の位ハ御けいこに不及候【14ウ】と観世宗節(く わんせそうせつ)被申候由承申候 たとへハ定家(ていか)ならは式子内親王(しきしな いしんわう)のくらいを分別(ふんへつ)して気たかくうつくしく御うたひ可有候 また 江口ならは遊女(ゆうしよ)の位を分別してなくそさうに可有候 又葵上(あをいのうへ) ならハ上らうにて候へハうはなりうちにてしんいのほむらをもやし候やうにつくり置申候 間うつくしき内につよく御うたひ可有候 しゆらならハ一番のうちにても初の出はゝある いハ老人に成或ハ草かりになりて出申候間其すかたの位々に御うたひ可有候 後の出はよ りハかならす昔(むかし)の【15オ】ありさまをあらハして武者(むしや)の出たち候 て出申候間其位のつよくあらめに御うたひ可有候 それ/\に諷作置(つくりをき)候間 そのくめんのことくに位を御うたひ可有候 百はんも千番も右の心得たるへく候 一 わきとしてとの心得 わきかたは位もなくさら/\とかろく御諷可有候 かろきとてはやくハあしかるへし し てかたはうつくしくのひ/\と位をあかして謡へし したるくハは悪(あし)かるへし 哥 に 音曲ハかろき心そよかりけり【15ウ】 おもきもわろししたるきもうし 一 助音(しよおん)するは我をわすれて人にしたかふへし さるにより耳(ミヽ)にて うたふとあり 哥に より合てうたはん時ハ其中に 初心のものハ耳をあくへし みな人 のつよくうたはんそのときハ こゑをやすめてうたふへき也 一 めるハはるハるはめる 是ハこゑをめり候てひきく謡候ときハ心をはり声をはりたかくうたひ候所ハ心をめりて能 候【16オ】 一 君臣(くんしん)のやく 小謡ハうたひ君(きミ)にてつゝみ臣(しん)なるによりうたひ候てうち申候也 一 曲舞(くせまい)ハつゝみきむみにて謡臣なるによりうかゝひしてうたひ申候 一 何のうたひにても其位より三所かろきところあり 一 ろんきの後それろんきまたもんたいなとハハさかいのことくにて初(はしめ)ハしつ かにいひあへとも後程気(き)をあけてまけしとつめてからかひ申候【16ウ】其ことく にろんきもつめて諷候物にて候によりそのあとかろく候 しよはつきうの心得かんように て候 哥に ろんきこそやすく聞えて大事なれ とふにことふる程をしらすや 一 くりのまへ其くりハつゝみかゝり候てうち候によりまへのうたひおもく候へハくりう たれ不申候によりかろく候 一 さしのらぬハさしこゑのるはさしこと 是ハ君臣のやくはつれたる所にてつゝみとお もひあい【17オ】不申候てよりかろく候と申伝へ候 さりなからさしに合とあハぬとの 打やう御入候 うち候人まれにて但一ちやうつゝミの時ハ又うちやうかハり申候 一 さしのうたひ出し鼓(つゝみ)うち上候て小つゝみさておとし候てから其まゝ謡申候   立(たち)くせまひくりのゆり少あまる程にはやく打上候てうたハせ申候 居くせまひハ つゝミを謡より一段もおそくうち上候てうたはせ申候間御こゝろえ可有候 一 くせまひのたし鼓かんにてうたハせ候へはこゑ【17ウ】をかけ申候おつにてうたは せ候へハ声をかけ申さす候 おつにてハ手になり申候間かけ不申候 油断(ゆたん)なく こゑにかまはすほとよりうたひ出し申候事専一(せんいちに)候 一 あけはのしやうね しかれハうねめのたはふれの しのほとのうたひやう 一 太夫(たいふ)後のてはのうたひやう女はかせハ小つゝミのしゆんより謡出申候 笛 (ふゑ)をきゝつくろひ諷へし 又そこにての時ハ心得かハるへし【18オ】 一 うたひのこしをれ 是ハ後の出はの一勢ハうち上くてかならすわき諷申候 つゝみの出うちよりかけてかい つゝけて御うたひ候物にて候 ほとを置候而謡候をこしおれと申候 あまりに内からはあ しく候 一 くりのゆりかすの事 一 わき能は八つ (はなはしめてひらく 九ツ共十共申候 半ゆり四ツにて候 弓八ツ 可然候) 一 かつら能は七つ 露(つゆ)の世終よしそなき 一 太夫一人ゆり候ハ五つ 刻 当寺(たうじ)の仏力(ふつりき)也 一 半ゆりハ四つ そいんの竹を染(そむ)るとかや【18ウ】 一 まひのはてつゝみ打上すに和哥(わか)をうたひ鼓をわすれ候て打上候事あり たと へハあたりならはなるハ瀧の水をうたハすに日はてるともたへすとうたりと謡出す物にて 候 夕かほの舞(まひ)なとつゝミ忘れ候ておとさすにかしらにて打上候事あり それも お僧(そう)の今のとふらひをうけてかす/\うれしやと後のかへしよりうたふ物にて候  かやうのところいつれも同前 一 五音(いん)これをよく/\しらす候へハ諷にてハなきと申候てことの外秘(ひ)す る事にて候【19オ】 一 祝言年のはしめ千秋万歳(しうはんせい)と祝(いはふ)心なり 引哥に かすかの にわかなつみつゝ万代を いハふこころハ神そしるらん 金札(きんさつ)の小うたひ又ハいつれの脇能(わきのう)のくせまひにても御稽古(け いこ)あるへし 一 幽言(ゆうげん) 遊玄(ゆうけん)とも心得可然候 引哥に 有明のつれなく見え しわかれよりあかつきハかりうき物ハなし 三井寺の小うたひ曲舞にて候 一 恋慕(れんほ) 人に打もたれなつかしき心也 哥に【19ウ】 立いてゝ爪木(つ まき)をひろふかたおかの ふかき山路となりにけるかな 花かたミの小うたひ班女(は んじよ)のくせまひにて候 一 哀傷(あいしやう) 一切よハし 引うたに 浅茅(あさちう)やそてに朽(くち) にしあきの霜(しも) わすれぬ夢をふくあらしかな 角田川の小うたひせうきの曲舞 一 乱曲(らんきよく) 四音(をん)ほしきまゝに成就(しやうちう)をいふ也 いつしかと神さひにけりかく山の むすきか本にこけのむすまて【20オ】 うたふの小謡おきの院(いん)の曲まひなとにて候稽古可有候 うたひ一はんの内いく所 も五音(いん)かハり申候間一はんとハ定(さたまり)なく候 先ひつきつてかしらより 諷出すかしうけんにて候ほとよりうつくしくうたひ出すハ無祝言(ふしうけん)とて心得 右のことく小謡一ツつゝ候ハみな御けいこ候て御うたひ候へとも一はんの内其所/\五音 に謡候人まれに候 五いろにうたひわけ候はふしにも又句にもよらす心のかハりめにてこ ハ色かはり人の耳へ五音に聞へ申候 祝言遊言れんほこの曲何も下心(したこゝろ)【20 ウ】にしうけんの心もちはすれ候ては悪(あしと)し祝言の心もちの上に声に色をつくる とつけさるとの違(ちか)ひにて候 哀傷(あいしやう)は祝言の心はなれ申候 乱曲は 右申ことく候 四曲(きよく)成就の仕候打ませて謡候により乱きよくとも書申候 引哥 にたとへなと書置申候へ共いかほと見申ても合点不参(かつてんまいらさる)ものにて候 小うたひ一ツを又五色にこゑのいろをかへて諷分候人に御けいこ可有候 一 座にても御合点可参候 当代さやうに謡わけ候てきかせ候人まれに可有御座候 みな 無案内(ふあんない)と【21オ】見えて祝言も無祝言に御うたひ候衆斗候 一 いきつき さしくせまひきり三所なから皆かハり申候 いきつき大事の物にて候 人にしらせぬやう にうつくしくつき申候をよき■〈虫損〉申候 一 さしハひとひにてこゑをきる 一 くせまひハ出すいきにてうたひ出候 又しんのさうにてうたひおさめはいのさうにて 諷出し候共申候 こゝろ同前に候 二字つめと句切(くきり)のゆひはなしを二字つゝつ め候 ゆひはなしにてつめら【21ウ】れぬ所御入候 それハゆひいたしを二字つゝつめ 候 此心得専一に候 一 きりハさしぬきとて謡おさめをかろくすてうたひ出しを前(まへ)へかけてうたひい たし申候 一 かろき字ハちいさかるへし 一 おもき字ハ大きなるへし 一 つよくあたりつよく入へし 一 かろく出すへし 一 引にはよきほとらひ可有候 なかく引てもあしかるへし 又みしかく引ても悪(あし) かるへし【22オ】 一 とたかの三字ハきめ候てよし へうの二字ハうつくしくよハかるへし 一 うたひをなくといふ事あり 出の事にて候へ共口伝(くてん)なくてハ書あかしかた く候 一 つゝみより謡そこなハせんとて手をうちかへる時の心得本の地にうたひをつけてすち わするへからす 第一いつくにてか珍敷(めつらしく)うち候ハんと由縁なく付へし 生 れつきのひやうしつよくてあいての拍子うかゝハぬかちかハぬ也 うかかふによつてみな ちかひなり 哥に【22ウ】 いさうなる手をうちかけハ取あハて すくにゆくへき地を わするなよ 一 うたひよりつゝみをうちそこなわするこゝろへあり うたぬ五拍子によく/\心付て 身の心ひやうしにてぬく拍子かくるひやうしを卓散(たくさん)にうたひ候ハかならす鼓 みたれ申候物にて候 又うたひ返しにてハこんかうかへしとてかならす打そこなハするな らひあり みな/\つね/\入事共にて御入候間書付申候 一こゑをつかふ事【23オ】 宵(よひ)よりハ物かす多くたかく謡へし あか月ハひきくすくなく謡へし 但をかんと 思ふ時少たかくうたふへし さてあつき湯(ゆ)をのむへし こゑのつまりたる時ハつを のミ候事何よりも薬(くすり)にて候 たんひきしろひ候てうたハれさる時あり しやう かをへきてミそを少付てあふり候てくい申事なによりもよく御入候 哥に あかつきにか きるへからすつすつかふこゑ つねにうたひをうたふへき也 上終【23ウ】 謡極秘伝下 それ拍子のおこりハむかしある人脈(みやく)のおとるにてこゝろ付是にてつゝみをも作 り出したると申伝へ候 本のひやうしこれ也 一 木の拍子 (はしめて作りたる諷につゝみを付候時入候 何に打候ても合申候 人の かてんのゆかぬやうに打へし) 一 五拍子(身のひやうし 口ひやうし 手ひやうし 足ひやうし 心ひやうし これ五 つ也) 一 七拍子(はやし かろし うはか■■〈虫損〉 中 おそし したるし しつか) 一 や拍子心にあり 此武能の時わきと地と 一 よひやうし【24オ】 色々の拍子ともつくり置候へともミなひやうしのつもりをしてつねにうたぬひやうしにて 候 一 打五ひやうし (扇拍子のときすへてうたひ切所にうち申候) 二〇二 ともなかにこたふるものもさらになしといふ所にて此あふき拍子を鼓にうつ事秘 事(ひじ)に仕候 但一ツのかしらあり 是大きにひす かやうの所あまた其外にも有ぬ へし 一 打四ひやうし 大つゝみと小つゝみとのあひに四ツ打なり 是【24ウ】ぬるき拍子 なり 一 打八拍子 これハ和哥きりにもつはら用申候 但はやきとおそきとの打やう何の処にも打申候 ○ 一○二○二 三ツハ本地四五ハこす六めハあたる本地かすハ同物にて人により候てう ちやうちかひ申候 ミなひとつ事にて候 一 打一ひやうし(句きりにありつゝミなくうたひ候時ハこまかなるかよきひやうしにて 候)やうにむかへるくわほくハまたかやうの時のいきつきにうち申候 又一拍子つめて小 うたひなと【25オ】のうたひすゑいつれをも一ひやうしにて謡事あり またすゝろの拍 子といふて一ツ打事あり さゝなミのみなれさほこかれゆくほとにとをかりしと一ツ打候 て謡候物にて候 当(あたり)て出し候ハあたり拍子とてことの外きらひ申候 右此すみ の拍子ハあふき拍子にての事にて候 つゝみにはちやうかへりにすみの拍子といふ事あり   すてのかしらといふ事有 一 打切謡出しの拍子【25ウ】 一 打切諷出しの拍子 〈図式表示〉 ト かけのひやうし 上 りう女へんしやう ○  かけのほと 下 こうくわの春のあした タン ほんのひやうし せいすいしのこねのこゑ ○  ほんのひやうし かつらきの大きミ タン にのひやうし われもそのかみハ うちきりハいつれの所もこの五つのほかに出候事ハなく候 さりなから是ハるつう不仕候 へは【26オ】やくにたち不申候 一 力道(ちからみち) 現在(けんさい)の鬼(おに) 口をふさきたるおもてなり さらりとうたふへし 一 細道(ほそみち) 神鬼(しんき)といふ物也 口をあきたるおもてなり こまかにうきやかに謡へし 一 上り僧ハ定家 次第に下洛(けらく)を打二つめに本の頭(かしら)打つ 是を聞て脇(わき)出る也 つゝ みのうちやうおき鼓の【26ウ】笛(ふえ)六のけを吹(ふく) 小つゝみかしら二打 跡 のおつから大鼓うち出し置鼓と打むすひ次第をうつ也 行ゑや定なるらん作ときにより次 第不定に打とも申つたへ候 一 下り僧ハ江口 次第に上略(りやく)を打 二つめに下略うつ 是を聞候てわき出るなり 上り僧下り僧 此二番に窮(きハめ)候 此うちやう不知候へハ謡出しに事不成候 一 脇能(わきのう)にハ出かしらといふ事あり 其頭うち不申候迄は わき出不申候 何 時いたし候ハんとも鼓【27オ】のまゝにて候 打やう口伝ならてハ書あかしかたく候 一 大口きる僧ハ 住僧(ぢうそう) 座主(ざす) 僧印(そういん)也 これもしん におも/\とうたひ出すへし をきつゝみあり 一 大口きぬハうつを僧とて道の僧なり これはそさうにさらりとうたふへし をきつゝ ミもなし もし打候へハそさうにうつ也 一 かいこのをきつゝみ常(つね)のことくそさうにうち先置なり さていきまくにかゝ りたるを見て本の置つゝミうち脇たつはいをして袖の【27ウ】をゝとるをみて笛引おこ しのゆりを吹 頭七引なかし打上て後のをつよりかいこいひ出て名乗(なのり)を云てう ちきり本のかしらを打 さて謡かしらを打次第を謡三度のしたい過て又うち切道行(みち ゆき)をうたひ申候なり 今春(こんはる)は地の次第より一拍子にて道行を諷申候と承 候  是あしき名乗をはかいこ名のり出しとてしたこゑにてなのり出しなのりおさめて神 前(しんせん)にて■〈虫損〉頭より打いたし本頭うち謡出さする也 御前にてハきさみ より打出つゝミうち大に秘し候間【28オ】相伝(さうてん)不仕候により秘し失(うし なひ)候て今時分は存候人まれに候 わき仕候へハ必(かならす)入候間云あかし申候 一 たつはい脇常(つね)のをきつゝみにてわき出申候 扨わきふたいの中にて礼を仕つ ふりをさくるを見て笛(ふえ)ひしく 其ひしきて付大つゝミきさみをくつ付て打きり本 の頭をうちさて謡かしらを打それより次第をうたひ候 是つねにれいわきと申候 一 木の頭 ヤエイ   ヤ ハヲハヤヲハ●ハヤヲハ●●ヤヲハ●【26ウ】          ヤエイ   ヤ 上略(りやく)  ●●ヤヲハヤ●    ヤ    ヤ 中略 ●ヤヲハヤ●    ヤ ヤ  ヤ 下略 ●ハ●ヲハ● 一 大かへし  鳥追(とりおい) 花形見(はなかたみ) 柏崎(かしハさき)         打つゝミ     おそろしや      たのもしや たのもしや ヤハヤヲハヤエイヤヲハイヤヤヲハ たのもしや       ●   ●●●●●●●●     ●●●● たのもしや  ヤハヤヲハヤエイ     たのもしや        ●  ●●ヤ●○○●●  ●○● 右のうちきり其流々に秘してをしへ不申候により今ハかやうにハ打申さす候へとも若存候 間うち候人候へはうたひ出かね申候間書しるし申候【27オ】 一 一ちやう皷にて一人うたひ候心得 先小うたひを序より謡候物にて候 さてなか/\ と所望の時さしよりくせまひをうたひ候 曲舞ハ謡ぬ事にて候 さしとくせまひとの間に 心得あり かかるゆへに二ちやうのまを一ちやうにてふききく間つねのうたひよりかろく 謡候 しよはつきうほと拍子地のほとをよくうたひ候人上手にて候 つゝみを聞て謡候に よりうたひ下手にきこえ申候 心拍子にて皷かまハすさら/\と謡候へハいかやうの上手 のつゝミうちも諷をうかゝひてうち申候により皷へた【27ウ】にきこえ申候 ひしハま つけのことく是うたひ手の一の秘事にて候 小つゝみ一ちやうの時ふえ御入候事あり 其 時ハ小皷打上申候 うち上る謡に     ヤチチタホホヤ ● ニ●○○●   かやうにうち申候 ヤチチタツホホヤ ●ニ●。○○●  かやうにもうち申候 さて和歌をひつ付てうたひ出し候 大かた右の分御けいこ候てすミ申事候 謡にハつゝみ のやうにさたまりたるならひはおほく無之候 一 正尊(しやうそん)の起請(きしやう)のうちやう 一 木曽願書(きそくわんしよ)のうちやう【28オ】 一 安宅(あたか)の勧進帳(くわんしんちやう)の打やう 右の三ツよみ物うちやうむつかしき事候 一 松風の羽(は)のまひもん留のうちやう 一 りよはとうハそれ手を付すと云所の打やう今春(こんはる)観世とのかハりめあり 一 闌曲(らんきよく)のうちやう 右かやうの所ともあまた御入候 かやうの所ハうたひても鼓をしり不申候へハなり不申候  よく/\執心(しうしん)にて御たつね可被成候 一 大鼓ひつとり候て小つゝみの本地にうち候事【28ウ】は御入に大つゝみの本地にて 小鼓のひつとる事ハなきことにて候 むかしよりの法度(はつと)にて是にたかひ候へハ 地をやふると申候 大つゝミ小つゝミ共に三つ迄ハひつとり候 其外ハとらぬ事にて候  但小鼓本地にハあまりひつ執ハとらす候事あり 是ハにんの物うちやうあり 木曽願(き そくわん)書にもあり これハまぬくといふ習あり 人しらぬことなり 朝夕(あさゆふ) ある事の内にハ源氏供養たゝすへからくはしやうしるらうのすまのうらをいて候と三所に 有六韜(りくとう)に云 一犬(いちけん)かけをはふれハ【29オ】万犬こゑをあやま る 一師みなもとくらけれハ万弟みちにまよふとあり 師匠(ししやう)一人あしけれハ その弟子ミな悪し よくししやうにふしんを尋ねあきらめ御けいこ尤候 哥に 師匠にも とはすハいかてをしゆへき こゝろをくたきねんころにとへ 能(のう)心とふをはち とやおもふらん とはぬはついのはちとこそきけ 音曲をきハむるほとの物なりと なを おくふかき事をあんせよ【29ウ】 上手ハ何につけても物きらひする事ハなし 何とわるくとそしりはすれあるひハ誰人の弟 子にて候とはかりにてけいこもせすしてとこ■〈虫損〉にておちとのありしときはかやう にをしへられた事のならふた事のと申て師のはちをいふとあり 御たしなみあるへき事に て候 扨謡出し肝要(かんよう)にて候 哥に うたひ出す心ハ何ともちぬらん しうに ものいふこゝろなるへし うたひ出すこゑをハ何とおもふらん 【30オ】鶯のなくこゑ のことくに 何こゝろもなくふつとうたひ候によりつきもなきこゑ出候てうたひ必おもくなり候 其謡 のはて迄其心にしたるく御入候 一調(てう)二気(き)三声(せい)といふ事あり 調 子を分別(へつ)して気にあてゝいきをのミ入てこゑを出すへし 序(しよ)の二字とて 謡出し候はしめの二字かろくよせて謡候へハしたるき事なく候 うたひの秘事ハくふうと 申候 哥に 何こともくふうにまさる事あらし ならひの上のくふう成けり【30ウ】 いかほとけいこ仕候ても常にくふうをして御うたひなきときは其心ハかりハゆき候共口に ハ行申ましく候 にたる事のにぬにて候ハん間御分別肝要にて候 拍子といふ事それほと の心はえもいはれぬ所本来の面目なりといへはまことにこの道成就の人ハさとりをひらき 得道すへきものなり  右條々(でう/\)おほくちかひ聞ちかひも可有之候へ共諸人の嘲嘯(あさけり)をも 不恥(はちす)書付申候 しかしなから一色も私(わたくし)に作たる書つくる事ゆめ/ \無之候【31オ】古人の書物ともをもつて摂州(せつしう)八木但馬河井(たしまかわ い)宗以垣田(かきた)又右衛門その外方々へ致執心(しうしん)候て相尋口伝うけ候通 少も無他言書あかし申候 更々御他見有ましく候物也 一 打かへすとつれて出す曲前の拍子あひの事 (かけのほと)夕かほハ 物のあやめも見ぬ 玉かつらハ たよりとなれハはや舟も ■〈虫損〉ゝき 舟ハその時しけ家に 松むし 一しゆの陰のやとりも 東岸居士(とうかんこし) 生をうくるにまかせて【31ウ】 とうせん いわんやわれらさよ せみ丸ハ 代は来世におよふとても 田村ハ ふてんの下卒土(そつと)内 よこ山ハ またわかてうの其むかし もり久 六窓(そう)いまた明さるに (かけのほと)せうくん そもかんわうの しまめくり とにむかへハ 竹の雪 おもひのおほき きぬた そまのとひねハ 谷行(たにかう) 一さいういの世の【32オ】 ろう尺八 およそ浮世ハちる 安達原 たゝこれ地水火風 弓やハた かミ雲上のけつきハ 江口 紅花(かうくわ)のはるのあした 袖 周(しう)のみかとの 一 うち返して声二つかけ出す類ハすくに打へし (口のひやうし)のゝ宮 つらき物にハさすか やうきひ 我もそのかミハ 老松ハ けにや心なき草木 かるかや されハかたしけな【32ウ】 いつゝ むかし此のくにゝ住人の さねもり 又さねもりかにしきの うたうら しゆにせうめつし 桜川 けにや年をへて 仏原 けにやおもふ事 せんしゆ 今ハあつさ弓 藤戸 実や人のをやの しゆんくわん ときをかんしてハ (口の拍子)小川 はうしねを 一 打かへす声を二つかけ出す鼓ハ引とるへと【33オ】 あさかほ ゆうはくやう 舟はし さらはしつミも あま かくてりうくうに 一 打返して声一つかけて出す鼓ハ引とる也 (当とる)高砂 しかるに長能 呉服 わうしんてんわう 舎利(しやり) しかるに仏徒 たゝのり 六弥太こころにおもふ 経正(つねまさ) 第一第二のけんハ あい染(そめ)川 いへともくせいの【33ウ】 せいくわんし せいかはるかに 源太夫 老人こたへてそ むろきみ たちぬはぬ衣きく 一 打返して一つかけて出す鼓ハすくに打小つゝミ同し (ほんのひやうしのほと)もみち狩 さなきたに人心 安宅 しかるによしつね 花月 抑此てらハ坂の上 うねめ かつらきの大君 のきはの梅 所ハ九重の東北 小かう たうていのいにしへ【34オ】 兼平 かねひら申やう しねん居士 くわうていの臣下に 夜討曽我(ようちそか) 去ほとに兄弟 せかい しかりとは申とも えんま 僧正遍照(そうしやうへんせう)は 杜若(かきつはた) しかれとも世の中の よしのしつか そも/\景(かけ)時か其 せつ生石 その時御門ハ 八しま よしつね源平に 松山鏡 もろこしに【34ウ】 うきふね 人からもなつかしく ぬえ より政其ときハ 元服曽我(けんふくそか) れうもんけんしやう 白楽天 抑うくひすの哥をよミ 当麻(たえま) 所は山かけの 女郎花 より風其時に きよつね かゝりける所に 後楊貴妃(こやうきひ) 然にめいくわう 土くるま 凡ミたの うのは おもしろや是と【35オ】 はせを 水にちかきろうたい ありとをし およそおもつて (本の拍子のほと)班女 すいちやうこうけい はしとみ夕顔 そのころ源氏の ゑひら 時しも二月一旬 はんこむかう つたへきくかんわうハ けんしやう もろなか思ふやう 摂待(せつたい) 其時よしつね 一 打かへして声二つかけて出す但小鼓ハすくに打也 しらひけ そのゝち人寿(にんしゆ)百【35ウ】 あつもり しかるに平家世を 一 打返して声一つかけて■〈虫損〉につれて小鼓引とる也 あしかり なにハ津にさく 西行桜 ミはたせは柳 をしほ 春ののにわか はころも はる霞(かすみ)たなひき よりまさ さるほとに平家ハ なに波 高きやにのほりて 百万 なら坂の此てかしは 定家 あはれしれしも【36オ】 かつらき かつらきや此ま 二人静(しつか) さる程に次第/\ ともなか 去ほとにちやくし 三井寺 山寺のはるの夕くれ をはすて さるほとに三星 をちは もろかつらをち 龍田(たつた) とし毎にもみち 道明寺(たうみやうし) きみかすむ宿 小袖曽我 時宗はこねに きよしけ あい別あひ【36ウ】 みちもり すてにいくさ 舞くるま 第五■〈虫損〉はなから ひむろ なかの日に 一 打返す中に出す曲舞但大鼓一つにつゝミとるへし (かけの拍子)柏崎 かなしひのなんた ともなかの小うたひに三世十方の 一 うちかへして出は大鼓小鼓すくに打へし はうかそう せいやうの春 しやう/\の小謡 しんやうの江の 柏さきの道行 一とをりふる【37オ】 しゆんえい それしやうにるてん あまの小謡 これこそ御身のはゝ 一 打かへす拍子にあいつれて出る 六代の小うたひの中のうち切返すにかきくときなけきうせは 以上 此書当国武田大膳太夫殿に一人相伝旨より外にこれあるましく候 観世家の秘密の書也 貞享二(乙丑)年八月吉日 須原屋茂兵衛板行【37ウ】