193-51〔集花書〕イ11-00601 集花書 音曲の事さま/\習(ナラ)ひ有といへり さりなから謡の第一の■(ヒ)事ハ工夫(也) 別儀にあらす てにをはの外は本の字に心をかけてき■す すハらす ひろからす 但大なる物ハ大に ちいさきをはちいさく あらけなきをはあらけなく 悲しきをはかなしく 心をそれになしてうたふへし 此道の工夫(クフウ)是也 一 字うつりとハ程に心得あり 二字うつりといふハ一字を捨て まへの字にうつるなり 一 いきのつき所を人にきかせぬやうに工夫すへし つきよくとも本の字をは捨(スツ)てへからす 右の三ケ条 寔(マコトニ)肝要(カンヨウ)たるへき歟 又混沌懐(コントンクワイ)中抄(セウ)にかけるハ  あふ坂のせきの清水にかけ見えていまやひくらんもち月の駒  あふさかの関のいはかとふミならし山たちいつるきりはらの駒 始(ハシメ)の一首ハ何のふしもなけれとも其(ソノ)感情(カンセイ)多し後の一首ハ打きくところやれとうちおもハれても 数返(スヘン)吟味(キンミ)するところ はしめの清水の歌にハ 劣(ヲト)れり 音曲もかくのことく さのミさかひにいらす やすらかに たけたかく あらまほしきと有 此両首物ことにひかれぬる けにもとおほゆ 又有人のいへるハ  見わたせは花ももみちもなかりけりうらのとま屋の秋の夕くれ 此歌を音曲の命なりといへり 寔(マコトニ)紅粉(コウフン)をぬらされとも 自(ヲノツカラ)風流(フウリウ)の体なるか 又歌に  音曲ハたゝ大竹のことくなりすくにきよくてふしすくなかれ か様の事共取合分別専用たるへき歟 音曲まつは祝言 記臆(キヲク)の分別干要(カンヨウ)とそ 忌屋(キヲク)とも書り 心おもしろし 惣別曲舞と只音曲ハかハりめあり くせ舞とは曲ニ舞を副(ソヘ)たり 然間別曲ありと知へし 曲舞ハ拍子か体を持といへり 又只謡はかろくうたふ所をたいと云 昔ハ各別にして曲舞の当道とてあまねくうたふ事ハなかりき 近代曲舞をやハらけ小謡節を付て云なり 大和音曲と云もくせまひ也 源氏の能をは少はやくつよく 平家の能ハかろく少よハく謡と心得へし 一 五音といふハ祝言(シウケン) 幽玄(ユウケン) 恋慕(レンホ) 哀傷(アイシヤウ) 闌曲(ランキヨク) 此五也 乱(ラン)曲とも書り 此五おんに達したるを此道成就(シヤウシユ)と云 一 祝言の事 文字うつりをいかにもたゝしく云へし ふとからす ほそからす 直(スク)に云へし 此音諸曲の地体なり つよきかたを本とす 一 幽玄の事 以前の祝言の糺(タヽ)しき心を其まゝにして しかも又もしうつり悠々(ユウ/\)と余情(ヨセイ)をあらせ謡へし 幽(ユウ)の字 遊共かけり 心を付へし 一 恋慕(レンホ)の事 以前の幽玄の上に切なる志を専(モツハラ)とす いかにも人に打もたれ なつかしき心を以て声を出し曲をなすへし 恋慕(レンホ)の二字を心にさしはさむへし 一 哀傷(アイシヤウ)の事 是ハまへの余情(ヨセイ)を悉くわすれはてゝ 恋慕(レンホ)を少残し 字移りもたゝことの様に謡へし それも又余にくときたてゝあハれからせんとすれハ 説経(セツキヤウ)ふしになりてあさましく候間 物よハく成候ハぬやうに心を持 直(スク)にうたひて しかも又心底(シンテイ)に無常(ムシヤウ)もつはらとする事 肝要也 一 闌(ラン)曲(タケタルキヨク)とハ 二の心有 らうたけてしかも静なる心を本とす 是最上(サイシヤウ)の心也 又は四音の外也 何共心得かたく不思議(フシキ)不可得(フカトク)の所なる故に外とハ云也 又四音一音也 其故ハ 四音を恣(ホシイマヽ)に成就するところを乱音と名付たり 又常のうたひにかハりて 直なる所をはよこさまにいひ 人の耳(ミヽ)にけふ有やうにうたふをは 此道の外道(ケタウ)天魔(テンマ)の態とす 此曲は只四音成就し自然(ジネン)にらうたけたる位聞(キコ)へは 即(スナワチ)闌(ラン)曲成就なるへし 一成一切成(イチジヤウイツサイジヤウ)(ヒトツナレハイツサイナル)(なる)故なり たとへは庭の松なとを色/\に枝をまけためかかめてつくれは 景気(ケイキ)の面白きをはしめハやれとおもへとも 見さめするなり 只静成(しつかなる)太(ミ)山の岩根(イハネ)なとの小松 自然に雨露霜雪のめくミをうけて 苔むして えもいハれさるかゝりこそ まことにおもしろけれ 惣別音曲ハこゑに力をわすれて 心にちからをもつへし しまいは手足に力をわすれて 心に力をもてと云事 第一の習也といへり 此事不知人ハ幾(イク)千万の法譜(ハウフ)をしりたりともいたつら事成へしとそ 一 口中開合(カイカウ)五韻(イン)の事 あいうゑを  鼻(ハナ)咳(ノト)に通ス かきくけこ  はなつふす さしすせそ  はと舌(シタ)につふす たちつてと  あきとに通 なにぬねの  鼻(ハナ)腮(アキト)に通 はひふへほ  脣(クチヒル)合せス まみむめも  脣(クチヒル)あふ やゐゆえよ  鼻(ハナ)より出 らりるれろ  舌(シタ)をふる わいうゑお  鼻(ハナ)咽(ノト)ニ通 〈左は順にあ段からお段に対応〉 はも脣(クチヒル)もひらく はをかミ脣(クチヒル)をひらく はをかミ口をほそむ 舌(シタ)を出し口を中ニ開(ヒラク) 口をすほむ 一 三ののゝ事 けにや六宮のふんたいのかんしよくのなきも 始はうへつく 二めおつる 三めすく也 一 たけくらへの事 けんりうやうやく茂る木の花のうちのうくひす又秋のせミの吟のこゑ 上中下と云 おなし所へ行事たけくらへ也 一 うたひをはやすつゝミなれとも 貴人のつゝミならは謡よりはやす心可有也 一 二字つめと云事 枝をならさぬ御代とかや 一 序の二字の事 さゝ浪や浜の真砂ハ はしめの二字軽く謡へし 一 三ひきといふ事 松の光りもあまミてる 次第ニ跡の字をなかく引へし 同程に引事悪 一 三字あかりといふ事 うきねそかはる此うミハ波かせもしつかにて 一 三字さかりと云事 はなみ車くるゝより 一 二字おとしと云事 たくひなききひにかく 一 一字おとしと云事 おもひしかともさかつきにむかへはかハる 一 三重おとしの事 いとゝしく老の身のよハり行 一 かたおとしと云事 けにおしめともなと夢の春とくれぬらん 一 文字なまりハわろし 文字のしやうちかふ故なり うへなるくろたにしもかハら 是也 わるし 又なまらさるハ くろ谷しもかハら かやうに謡へし 則是縁のふしともいへり 一 節なまりと云事 大略ハてにをはのかなの声(シヤウ)也 いひなかす詞(コトハ)の吟(ギン)のなひきによりて 声(シヤウ)ちかへともふしさへよくすらりと謡へはくるしからす 又もじのうちの〈うちの 三文字抹消〉ふしなまりにハ 花ミくるまくるゝより 是常の儀なり 一 文字のしやうちかふといふハ 見えぬ みえぬ うせぬ う勢ぬ 多えぬ 堂えぬ 天ハおハぬ 丸ハふのぬなり 一 まへをとしといふ事 夜嵐にねもせぬ夢と花もちる 文字をかくゆかミてわろし ねもせぬ夢 よし 一 文字をあつかふと云事 はてハありけりむさし野をわけくらしつゝ跡とをき 惣別文字を能々わかつ事専一なり 文字のゆかまぬやうにうたひて 又字にあたらねともすくまぬところをはうき/\と謡へし たとへは花ハ といひ鼻(ハナ)ハ といふ 又重(ヲモキ)き事ハをもく軽き事ハかろく 大なる物ハ大に たかき物はたかく ひくき物ハひきく それ/\に心をやりて謡へし 是則縁のふしといへり 雲ゐのそらをもまよひきて おもふ心もそこいなくうつる月日も 天に色めき地にひゝく頼政きつと見上れは きつとてはるハゑんなし うらむらさきのふちはかままつらんものをあらいそかしや まつらん物よりくらゐをかへ候ハわるし 一 はやしのくらゐわるく候とて 我うたひのくらゐをわるくうたふ事不可有也 一 文字をしやうにうたふと云ハ 真如の玉ハいつくそやもとめたくそおほゆる 求得(モトメエ)たくそ也 されともしやうに謡なり 一 しやうをもしに謡といふハ ほうそう雨したゝりてなれし塩路の したゝりてえなれし塩路 とうたふなり 一 くる事 まさきのかつらあをつゝら 一字/\に心を入てくる也 一 かたくりといふ事 太腋(ゑき)の芙蓉のくれなゐ 是ハ力をいれすして口のうちはかりにてうかりとくるなり 一 向くりといふ事 あひしうのこゝろ 一 二字くりと云事 たゝ夢の世と 一 たちまふたもとハ 是らなり 一 くり上の事 脇の能ハ一字/\に力を入 こゑをつくしてくるへし 一 いきをうたふ こゑをうたふ 節をうたふ 是三色あり 江口に 花よもみちよ月雪のふる事も 是いきてうたふ也 よし こゑ(節)をうたふ事 一段わるし いつれのをんきよくも此こゝろをもつて工夫有へきなり 一 二字三字有に入と付たる(も)有 是ハ この音楽にひかれつゝ かやうの所たるへき 又一字にもくると付たる所有 是にて分別行事也 これをふると云になそらふる(か) 一 ゆりの事 是ハくりのゆるなり 数は七ツと云 脇の能ハ○ ○ ○ 如此 又常女能ハ其くらゐにやハらかゆるへき也 けいこに有へし 一 半ゆりと云事 うらめしかりけるこゝろかな 楚斑(ソハン)の竹をそむるとかや 此等也 又一せいのゆりハ跡に一字のこしてゆる 書付に不及 何に二ツめハこゑをすかすへし 又わかのゆりの事ハ各別大事なり 能々稽古有へき事なり 一 ひろふと云事 又車にうちのりて かやうにひろふ字いくつもあれ ひろふなり 二字ひろふとてあしき事に云ハ 又車にうちのりて かやうにうたふ事わろし 一 よすると云ハ われら竹馬にむちをうち小弓に小矢のもとすゑをも 一 はこふといふハ 草はう/\としてたゝしるしハかりわあさちかはらと 一 くときといふハ 乱たる糸をとくやうに静につゝまやかに云也 一 きりといふハ きりてうたふなり 歌に   きり拍子きらす拍子にミなうたふきるによりたるきりとしらすや 是にてきこゆ 又いりはといふは きりよりおくのはつる所也 此うたひやうハ何のふしもなくすら/\といつのまにやらんはてたるやうに謡也 一 息(イキ)つき大事也 人にしらせぬやうにつくといへり てにをはにてつくへし 文字きれぬ様につくへしとそ 一 句あひと云ハ 色々習(ナライ)あり まつ謡のうちの句をきるいき大事也 つく息(イキ)にてみしかく捨て 後の云出す字を引息(ヒクイキ)にて云出すといへり 詞(コトハ)の内又猶以右の習肝要(カンヨウ)也 いかにもゆる/\と有へし 是を呼吸(コキウ)の息なとゝいふ歟 きる所のいきを腎(シン)ヨリつきいたし 云出すいきを肺(ハイ)へのミのミ〈衍字を線引抹消〉いるゝなといへり 稽古(ケイコ)に有へし 一 詞論儀(コトハロンキ)の事 詞の間ハゆる/\と可請取 句あひ 尚以干〈ママ〉要(カンヨウ)也 右に記(シルス)間 爰ニ委(クワシ)かゝす さてかかりてこゑにうたふ段に成てよりハ 一字残して可請取 序破急(シヨハキウ)の心かんよふ也 是を一字越(コヘ)と云か 歌に   論儀こそやすくきこえて大事なれとふにこたふるうたひてハなし 一 句あひの程といふハ たとへは 浪風もしつかにて秋の夜すから 此句あひ 拍子よりそとへいたすへからす 是も水くらふと云 又水くらふと云ハ うねめのはてのかへしに 又浪の底に といふ所也 浪のそこに とつぐへからす 底(ソコ)のその字をふるへし 他(タ)准(シユンス)之 一 脇(ワキ)としてとのうたひわけハ脇(ワキ)のかたハあら/\とかろく しての方ハうつくしくのひ/\とうたふへし さりとてしたるくてハあしかるへし たゝし事によるへし けいこに有へし 一 鼓より手をうちかくる時の覚悟之事 平生(ヘイセイ)いつくにかと第一心をつくへし 手をうちかくるとおもはゝ 本の地に心を付 すちをわするへからす 歌に   異(イ)相なる手を打かけはとりあハてすくに行へきちをわするなよ 一 曲舞ハ宮(キウ)の位(クラヰ)をゆる/\と謡て 微の位をかろくつめて謡といへり 但曲舞にかきらす 惣別謡のつめひらき是なり 地のくらゐと云ハ小つゝみの三字(地)にあたる所也 三字(地)のうちハ謡かろくつめてうたふ也 きうのくらゐと云ハ大つゝミの二字(地)にあたる所也 二字(地)のうちハうたいのりてゆうにうたふへき也 一 あひのほとゝいふハ杜若の曲舞のはてに  はる/\きぬるからころもきつゝや 此ころもの ろも にあり 一 つむる字ハ まへの程を少遅く出して はやくつめて つきの字へうつりたるかよし ほつけ読誦のこゑたえす愛別離苦のことハり 此等也 かきつくされす 一 あてひやうしといふハ 八嶋に 月にしらむハつるきの光 うしほにうつるは かふとのほしの影 又うとふに かりはのふゝきに 空もおそろし地をはしる 犬鷹にせめられて あらこゝろうとふやすかた やすき隙なき かやうの所也 能々心をやりて可分別と 文字にさハらす やすらかにあらまほしき事也とそ 又此 いぬたか と云所に 前にいふもしなまり有 又 やすき隙なき にまへに云所の水水くらふといふ事あり 一 口も心もきる所ハ あハれに消しうき身なり あハれいしにへを 一 口をきり心をきらさるハ 又あるときハこゑをきゝ 一 心をきり口をきらさるハ めなミおなミの浪まくら ならへてたゝ沖にたて 一 すゑのやみちをはるけすハ 今あひかたき 是文字きりとも云 一 つけところといふハ あの灯をけしたまへとよ ともしひをそむけてハ よの字につくる すいけうきんしやくとり/\の 金雀(キンシヤク)のはぬる字につくる 梨(リ)花一枝雨を帯たる 一枝のつむる字につくる 一 助音(シヨイン)するハわれを捨(ステ)て人に随(シタカウ)へし さるにより耳にて謡といへり 又人の息(イキ)のつきやうに心をかくへし さるによりてこゑをたすくるとかけり 一 中音とハ羽(ウ)の位(クライ)也 うのくらゐの二字めハ必ふるなり 月ハ山 花さかは 如此の類なり 又事により微(チ)の位(クライ)をも云事あり 下音と云ハ角(カク)の位(クライ)也 さるにより一字/\にあたりてうたふなり ところハ九重のとうほくの霊地にて 何も此類也 一 はやしのなくて謡はかりのときハなを/\かろくする/\とうたふへき也 引はへて面白くうたふ事不可有也 一 扇ひやうし 貴人の御座敷にてハうつへからす 心安座敷なとにてうつとも たかくうつ事有へからす 一 はやしなくてうたひはかりの時 ふゑを心得されは ミつくらうなり ふゑ しよもまひの段も一段か二段かみしかくふくもの也 第一の秘事也 一 あひの謡 うたひおさむる所 それ/\の一せいのくらいをふくみてうたひおさむる事 干〈ママ〉要(カンヨウ)也 此くらゐをしらさるハ木に竹をつくと云 一 おにの能にりきだうさいだうと云事有 りきだうと云ハつよくかろくうたふへき也 さいたうと云ハこまかにかろくうたふへき也 せかい くらまてんく 野もり これらハりきたう也 山うはなとハさいたうと云 一 めはかせおはかせと云事有 くわこの能に成仏せさるうちハめはかせと云 成仏してよりハおはかせと云 又女はかせ男はかせとも云也 一 はやききりハ口をひらきて文字つよくうたふへき也 されともしたるきハきらふ也 一 しらこゑの事 かけきよに いかにもして九郎をうたんはかりことこそあらまほしけれとのたまへは 西行桜に おそれなからこの御意こそ すこしふしんに候へとよ うき世とミるも山と見るも たゝその人の心に有 これら也 一 しよいんの事 二人うたふにあけはのつけ所 其外た(ど)ふおんに付る所をは二人に付させてよし 一人をもときて我もつくるハ木竹(鬼畜)ほくせき也 一 座敷うたひの時 かきつはたに 色はかりこそむかしなりけり色はかりこそむかしなりけれ とうたひかへさすに すくにうたふ事ならひ也 又せいくハんしのきりに おの/\かへる法の庭人 是も同前也 一 寒天(カンテン)炎天(ヱンテン)と云事 大事の習(ナライ)也 かんてんを祝言とす 炎(ヱン)天を哀傷(アイシヤウ)とす 幽玄恋暮このうちにあり 乱曲の事ハ又別曲と心得へし 五音の事 此寒(カン)天炎(ヱン)天のならひにてすこしハ合点(カツテン)行へきか 一 しやうくのならひの事 平上去入(ヒヤウシヤウキヨニウ)の四声(セイ)肝要(カンヨウ)也 ちやわんてんもくと云 平ハトウ 月次ノ頭(トウ)也 則是チヤナリ 上ハトウ 人ニ物をとう也 わん是也 去ハトウ 弓ニマク藤(トウ)也 是則テン也 入声(コヱ)ハ ツムル字也 一 同四十余段の口伝と云事有 惣別かろき字ハ小に 重きは大なるへし 引ハひき すつる字ハ捨へし 口伝の上にて又分別成へし 一 当といふと入と云と心得有へし 一 引と云と持と云と心得有へし 一 声といふと詞(コトハ)と云と心得有へし 一 さしこゑとさしことゝ かハり有へし 一 かげのひやうしとハ 五ツぢのはしめのとにあたる 鹿ををふれうしハ山をみすといふ事有 龍女変成と聞ときハ 是等也 かけの程より出ると云ハ うたへやうたへうたかたの 是とたんとの間より出 このいてところ常の儀也 一 本の拍子といふハ とたんのたんにあたる たひ衣末はる/\のミやこちを さなきたに住うかれたるふるさとの かやうに五ツ有字ハ本より出る 同本のひやうしの程より出ると云ハ さなきたに人こゝろみたるゝ節ハ  しかるにめいくわう栄花をきハめ 応神天王の御宇かとよ 此類也 後の二ツハいて所少をそけれとも ほんのひやうしのほとより出る也 一 二の拍子といふハ とたん/\の後のたんにあたる つらきものにハさすかにおもひはてたまハす をよそおもつてみれは 是をつくす声といふか 〈図あり〉 ト  かけのひやうし   鹿を追れうしハ              龍女変成と ○  かけのほと     うたへやうたへ タン ほんのひやうし   たひころも              さなきたに住うかれ ○○ 本のひやうしのほと さなきたに人こゝろ              しかるに明皇              応神天皇の タン 二のひやうし    つらきものにハ              およそおもつてミれハ 此外よりいつる事ハなき也 但又事によるへしや 一 五ツひやうしと云ハ 打きるを略する拍子也 これあふき拍子也 ||○|| 此拍子 朝長(トモナカ) 海士(アマ) に習(ナライ) 口伝 一 八ツ拍子 是も扇拍子也 物毎に入事也 ●|●||●|| 歌に云   八ツ拍子三ツハ本地四五はこす六ツめハあたるのこりほんちか わかハ軒はの梅の 春の夜の と云所を三ツめより出し 又 梅の をも三ツめより出し 又 花 のはの字をも三ツめより云出し ゆりかけて後の三ツめのほとにて な の字をすゆへし 稽古かんよう也 一 七ツ拍子と云事 物毎に入事也 ● はやし ○ うハかふき ● かろし ○ 中 ● したるし ○ をそし ● しつか也 かろき所に拍子ハかろかるへし をもきにあたるハをもかるへし 口伝 一 一調二機(キ)三声(セイ)と云事 まつ何にてもてうしを耳にてきゝ きにあてゝ 目をふさき いきをのミいれて くちより声をいたすへし かくのことくすれは てうしをそむかぬ也 一 はりつけと云事 ほかミをつき出し はらをはり おとかひをさし出してこゑを出すへし 声 うハかふきに不可然 一 こゑをつかふ事 つかふこゑと又つかハるゝ声とあり 歌に   我こゑのいてはつかひて色をなせいてすハこゑにつかハれやせん よひにハ物かすをたかくうたひて 朝はひきくすくなく可謡 但をかんとおもふ時に少たかくうたふへし さてゆをあつくのむへし 右にいふ所のハりつけを心にかけ ミなり かほくせ 口くせにたしなミ有へし 又歌に   あかつきにかきらぬ物をつかふこゑこゑにこゝろをゆるすへからす 一 口舌心(コウセツシン)の音曲と云ハ くち した よくかなひ こゝろのきゝたるを云也 此三ツ 一ツもかけてハその曲有へからす たとへは うたひをよく稽古して 口舌よくかなふと云とも あるひハその座敷に相応(サウヲウ)せす 或(アルイ)ハきんくなと有うたひ 又なり物のてうしをそむき 又ハなり物なくとも その座敷に似あハさる調子 又制(セイ)の調子有へし かやうなれは 何と音曲ハおもしろくとも その曲有へからす よく/\心かくへき事第一なるへし 一 呂律(リヨリツ)の事 一越調 双調(ソウテウ) 此二ツ呂(リヨ)也 祝言也 平調 盤渉(ハンシキ)の二ツハ律 愁(ウレイ)也 黄鐘(ワウシキ)調 是ハ半呂半律也 呂律(リヨリツ)混合(コンカウ)の調子とこれを云 さるによりて 祝言にもうれへにも専是を用(モチイル)也 一 宮(キウ)商(シヤウ)角(カク)微(チ)羽(ウ)の事 宮(キウ)の位(クライ)ハすくなり 商の位ハそる 角の位ハすくむ 微の位ハゆる 羽(ウ)の位ハのる 〈図あり〉 よこに見よ           宮(スク)商(ソル) 角(スクム)微(ユル)羽(ノル) 一越調(コツテウ) 一    平(ヒヤウ)双(ソウ) 黄(ワウ)盤(ハン) 断金(タンキン)調 断(タン)勝(セウ) 鳬(フ)  鸞(ラン)神(シン) 平(ヒヤウ)調   平    下     黄(ワウ) 盤(ハン)上 勝絶(セウセツ)調 勝(セウ)双(ソウ) 鸞(ラン) 神    一 下無(シモム)調  下    鳬(フ)  盤(ハン) 上    断(タン) 雙調(ソウテウ)  双(ソウ)黄(ワウ) 神(シン) 一    平(ヒヤウ) 鳬鐘(フセウ)   鳬(フ) 鸞(ラン) 上     断(タン)勝(セウ) 黄鐘(ワウシウ)調 黄(ワウ)盤(ハン) 一     平    下 鸞鏡(ランケイ)調 鸞(ラン)神     断(タン) 勝(セウ)雙(ソウ) 盤渉(ハンシキ)調 盤    上     平     下    鳬(フ) 神仙(シンセン)調 神    一     勝(セウ) 双(ソウ)黄(ワウ) 上無調       上    断     下     鳬(フ) 鸞(ラン) 宮(キウ)の位より出るハ 木の下かけのおちはかくなるまていのちなからへて 商(シヤウ)の位より出るハ 国もおさまるときつかせ 角(カク)の位より出るハ 松にこととふ浦かせの 微(チ)の位より出るハ をとつれハ松にこととふ 羽(ウ)の位より出るハ ところハたかさこの/\ 一 四季(キ)之調子之事   春雙(ソウ)調  夏 黄鐘調   秋平調      冬 盤渉(ハンシキ)調    土用一越(イチコツ)調 一 月之調子   正月平(ヒヤウ)調   二月勝絶(セウセツ)調   三月下無(シモム)調  四月双(ソウ)調   五月鳬鐘(フセウ)調  六月黄鐘(ワウシキ)調   七月鸞鏡(ランケイ)調 八月盤渉(ハンシキ)調   九月神仙(シンセン)調 十月上無調   十一月一越調      十二月断金(タンキン)調 十二支則是にあたる 十二時也 寅(トラ)則平調也 卯(ウ)勝絶(セウセツ)調也 それより次第/\也 不及記 一 調子の五性之事   双調 木  黄鐘々〈調を繰り返す記号〉 火  一越 土  平々〈上に同じ〉 金  盤渉(ハンシキ)々〈上に同じ〉 水    五行(キヤウ)五色(シキ)等悉(コト/\ク)所属(シヨシヨク)(トコロシヨクスル)之 一 両調子かぬる事 人のうたひ所望の時 あるひはその季のてうし 又ハ其月のてうしをうたハんするニ 其調子ゆきあハぬ事有 又ハ座敷のてうしそむく事あり さやうのときのならひなり たとへは春ハ双調也 其座敷も双調なれは 何のならひもいらす 其座に似合たる謡をうたふ也 春三ケ月のうちに もし平調にて謡へき事あらは 少からせて勝絶調の商(シヤウ)の位よりうたひ出すへし 是双調なり せうせつの宮(キウ)商(シヤウ)角(カク)微(チ)羽(ウ)ハ勝(セウ)双(ウ)鸞(ラン)神(シン)一(イチ)是なり 又正月に平調の何の位より謡てもくるしからす 正月の調子 則平調なれは也 黄鐘にてうたハんにハ黄鐘の微(チ)の位より可謡出 是又平調也 わうしきの宮商角微羽ハ黄(ワウ)盤(ハン)一平(ヒヤウ)下(シモ)なり 又二月に平調にてうたふへき事あらは 少からせてせうせつてうにて可謡 勝絶(セウセツ)ハ二月のてうしなれはなり 又勝絶の商の位 そうてうなれは也 商の位よりうたひいたして猶々可然 又黄鐘にて謡へきにハ 少からせてらんけいの微の位 或ハ羽の位より謡出へし 微(チ)の位ハ勝絶 二月のてうしなり 羽のくらゐハそうてう 是は春の調子なり 鸞鐘(ランケイ)ハ〈ママ〉の宮商角微羽ハ鸞(ラン)神(シン)断(タン)勝(セウ)雙(ソウ)也 又三月に平調にて可謡へき〈ママ〉事あるは 平調の商の位よりうたひ出すへし 是下無調也 三月の調子也 平調の宮商角微羽ハ平下黄盤上也 黄鐘にてうたハんにハ 黄鐘の羽の位より謡出へし 是又下無也 三月の調子なり 黄鐘のきうしやうかくちう 黄盤一平下なり 四季ともに是にならへ 一 新宅(シンタク)の調子ハ一越調なり 黄鐘(ワウシキ)をいむ これ大に所属(シヨシヨク)の調子なれはなり もしなり物黄鐘をふき 又貴人なと黄鐘にてと御所望の時ハ 両調子かぬるならひなり 黄鐘の角の位より出すへし 是一越なり 黄鐘の宮商角微羽 黄盤一平下也 又平調にてうたふへきにハ 少からせて勝絶の羽の位よりいたすへし 是又一越調なり せうせつのきうしやうかくちうハ勝双鸞神一なり 又雙(ソウ)調にてうたふへきにハ双調の微の位よりうたひ出すへし 双黄神一平 一越微の位なれはなり 一 舟の調子ハ盤渉なり もしこゑかなハす 又なりものそむかは右にいふ所の両調子かぬるならひを心得へし 一 聟とりよめとりの調子黄鐘なり 是又已前にいふところの可有分別 一 物語はしめハしつかに語りいたし 次第につまるやうにかたるへき事なり 調子もそうてうにて語いたし候ハヽ 後は黄鐘てうになるやうにかたる■■■事也 一 舞和歌うたひ出す事 とたんのたんの字よりうたひ出す也 但はやき舞ハ笛のくわいよりうたひ出すへき也 笛のくわいとハ ひうらりひうろりひや なり このりの字よりうたひ可出事 是肝要也 一 謡の時かほくせ口くせのなきやうに常にたしなミ肝要とそ 自然失念有時 気をくさし候へハ不出来なり 失念候後をいてかすへきと心をつよく持事肝要とそなり 一 つねの心持 あつき時はあつきに付 寒時ハ寒に付 雪の時ハ雪 雨中かすミ花鳥 其時々のていに心をつけて くふうあるへきなり 如此心懸候へハ 音曲きこえよかるへきとそなり 一 口中の事 文字にあたらす すわらす すくまさるやうに つねに心がけ可有事 一 くわこけんさいのわかち 心持肝要なり くわこ 老女 是は是也 一 声の出しやう さのミふくますからす〈ママ〉 をのつから出しやうに つねに心かけ可有なり 一 うたひのうち 大鼓二ツ地の時はのりてゆうにうたうへし 小鼓三ツ地の時ハいかにも/\かるくうたうへし 是第一のならひ也 太鼓〈ママ〉二ツ地の時をおとこはかせと云 小つゝミミつ地を女はかせと云 又おはかせめはかせとも云 此くふう第一なり   以上 年来御執心に付而此集花書相調進之候 御不審の所候ハヽ面上にて可申候 木曽 正尊 あたか 井筒 江口 はせを 関寺小町の事ハ 御物語申分候   已上 菊月三日   観世一安斎 宗節 在判               宗白(印) ?? ?? ?? ??