193-48〔音曲口伝〕イ11-00357   祝言 祝言曲は其すかた直に文字のうつりやう たゝしくうたふへきにや さらによこしまなる ことなし たとへは一と云より十ニいたるかことくなるへし 物つよきことをもつはらと す つよきを存知すとて 毎人其声に力をもつ事是あり 是大なる此道の迷悟也 こゑに 力を(入れは)文字すくミて かへりて かならすよハし たゝ心にゆたんなく すく/ \とうたへは をのつから其姿すくにたゝしく可成也 此祝言曲は諸曲之地体なる おな しく諸曲之始終とす   幽玄 此曲は文字のうつり ゆら/\といひなかしてよせひを もつはら本意とす 以前之祝言 殊更地とす 如此心得て 行すゑなくのはへてうたひ 無正体事あり 幽玄の本意をしら ぬによるなり 此曲味に幽玄之二儀分明也 よく分別すへきにや たとへは此曲のこゝろ ハ花山に目をくらし 黄林にいたりて家路を忘るゝほとの心さしあり たゝ色にそミ雪に めつる事 真実の本意たるへき也   恋慕 以前の幽玄のふかく成たるなるへし 文字のうつりも同前なり しかれとも又此曲は切に えんなる事をもつはらとす 此曲の姿を物にたとふれは 宮女の何となく 其姿直にて自 然に心の中の色ふかきよそほひ あらはれ侍るかことくなるへし いやしきおんなの人に よくおもハれ見えんとて にはかによしはミ ゆかみたるは心のほと見えて まことにつ たなし 文字のうつりハ何となくゆら/\とうたへとも 連々劫ありて 切にえんなる心 さしのあらハれ出るなり 是此曲の本意なるへし   哀傷 大旨此曲は一大事也 以前の幽玄恋慕のよせひを悉くわすれはて 文字のうつりも たゝ 事のやうなり くときたてたることなとにも 人にあはれかられんとすれは 其姿よハく してきかれす 此曲もことさら すく/\とうたふへし 心底にハ無常現前の理を思ふへ し 此曲も たとへは枯はてたる木の しかも春秋のおもかけの残るかことし はな紅葉 の妙にたのしひも 今ハあらハなる枝のミにて 更々かされる方なし されとも其おもか けに たしかなる 此曲と以前の恋慕のこか〈ママ〉 かゝりのかハりめ 一大事なるへ し   蘭曲 又云蘭 以前四曲成就するを則号蘭曲 物の極れるくらひなり 或ハ其声自在にして直に行へきこ ゑをちゝめ 又やるくらひをしらすして 声にまかせてうたひなとして 人のみゝにいや うに きかせなとすれは やうそ有らんとおもひなして 則蘭曲と人おもへり 是真実此 道のならひなきゆへなり たとへハ庭の松なとを 直なるをちゝめ 又よこしまなるをひ きのはへなとして つくりなせは 一たんはおもしろく見ゆれとも いつはりなれは 見 とをりせす 只太山の松の二葉より しつかにのとかにそたちて 次第/\に雨露霜雪の めくミをうけて 自然に苺むしちゝみて 枝つきふるまひて ためさるに其かんあり は しめ 祝言の二葉より 次第/\に幽玄恋慕哀傷の雨のめくミの歳蘭て 其身も不覚にし て 人のミゝにあなおもしろと きゝなさんこと 真実蘭曲の本意なるへし 此時こそ  誠に蘭曲のいたりたるにて有るへけれ 是にてしるへし 稽古の劫あることを 大旨此道 は若年にていたりかたかるへし 四十におよふ時分よりも 世のきこえあらハ 蘭曲成就 と思うへし されはふるきをしへにも 四十ニしてまとハすといへり 朝暮くふう肝要な るへし  右此五音は当流之秘義也 努々不可有外見 依定直御発起書之             円満井竹田   永正十八年菊月日  金春八郎             秦元安判 一 就御稽古重之儀可有也 其曲味をうかゝい 其うたひことに四曲にもるゝこと不可有 也 御分別肝要たるへき也 次 幽玄恋慕 恋慕ノ幽玄 恋慕ノ哀傷 如此曲吟専之稽古 也 たゝことにふれ 物にかたとりて くふう用心可有候  一 小うたひと曲舞との意得 大にちかふ事に候 小うたひハ三十一字の和歌のことし  又曲舞ハ長歌のことくなるへし 小うたひハ始中終 其一の小うたひのうちに■も曲味も そなハり候事に候 曲舞は一句つゝに心きるゝ也 さる程に二 字つめとて 一句の末の字をつゝむるならひ候 此意得なるへし されとも又曲舞なれ共 いひなかし いひすつる字も可有候也 一 口の内殊更肝要也 口の内もさのミすき/\とあるもわろき也 何とやらん口のうち むくやきあるやうにて しかも又字ことにすき/\と候ハんこと 尤無上の御たしなミた るへし歟 口さのミ/\わろきうたひ 御きゝ候之事 不可然事候 一 何ともして 御心におもしろくなきやうに御うたひ候ハゝ をのつから直になるへく 候歟 是等何分別 当流の秘之中の秘にて可有候 行住坐臥 御くふう候ハてハ 難成道 ニ候歟  一 御うたひ いかにも/\たけさせぬやうに御稽古可有候 かうまんの御心底にてハ  御よこしまに可成也   永正十八年菊月日  一調二儀三声 次第 一 調とは調子也 二儀とは音曲儀理也 三声とはこゑ也 調子を一調と云事 人前の音 曲は調子を肝要と心得給ふへき也 □うにせうをさる調子なとをうたひ出さんこと 此道 のならひなき故なるへし 貴人の御座所にせうしてうたふへきにや せはき座敷なとにて の音曲はたかき調子なとにては時にあたつて ふけうなることもあるへし 平調せうをつ 調なとにてはよろしかるへきか 但時の調子なとにこくしては音曲しみくとあるへからす  又時は何時の調子なりとも雨かせにせうきせられて調子のこくすることもあるへし 其時 は雨かせの調子のいんにひとしき調子をせらるへし 又云貴人なとに御座所遠き所なとに てはそう調わうしき調なともよろしかるへし 其も時の調子 又雨かせにこくせは心得を 調法あるへきか 此等之儀何れも大事也 能々くふうかんやうたるへき秘儀也」 一 二儀と云事肝要□得なるへきこと儀と云ハ音曲の儀理也 祝言をうたふへき所あり  幽玄をうたふへき所あり 恋慕をうたふへき所あり 哀傷をうたふへき所あり 蘭曲をう たふへき所あり 音曲はと云ハ如此□得を専心にかけ給ふへき也 祝言に入てハ祝言をう たふへき事専也 又幽玄の所にてハ花紅葉の色めつらしき加羅だを専也 同ゆう/\くわ ん/\とあるやうなる体もよろしかるへし かやうの時はあなかちに祝言なとの儀もにあ ひ伝るへからす只色にそミ雪にめてたらんことを心にかけ給ふ也  三に声を沙汰する事 声ハ音曲たからなるへし 同身方共是を云然共 又身方よきまゝに けうにせうをさる たかき調子をうたひ いつくともなくひきのはへなとして正体なき事あり 助音の人なと にもしゆんせすしてたかき調子なとうたひ出すこと かへつてこゑハ音曲のさまたげなる へし 只一調の心得をよく工夫に入てうたひ給ハゝ 其時こそ声ハたからなるへき  ふんけんなれ□るかゆへに三声と云  一  音曲に条々儀あり 音曲をかろきおもきと云事 世上に申あつかひ伝る いかん大方ハはやさをかろきと いひ しつかなるをおもきと申伝るか 此意得大事の相伝也 はやきにも よるへからす  一句つゝのきれめの上下の字をつゝむるならひあるへし 能々分別すへきにや 大方かろ き事はしつかなる方にはおほかるへきとこそ先達の申されし五音にも其心得さたし侍る  口伝  一  音曲に中古当世と申いかん 音曲の道ハ先達さためをかれしより此かたは 別にあらたまる事なし 惣而舞歌神代のは しめ開て日月を□□あまねきまつりこと也 近代 此道を世阿法師 善竹是を近代は先達 として定めをく処也 此をきてに今相違する事なし 其以後誰此道をあらたまえおこした る儀もなかれは中古当世と侍らん事いかゝことおほえ侍る也  一  音曲に五音を用 不用事 一にて万をしるへし 三井寺の しほりあきに龍池の柳の色ハ と云 ハの字 あになる を 雨のめの字にもちいて 雨のめの字をあらためす してうたふを 五音を用ると云事なるへし 又云 井つゝ の曲舞に聞ゝしいといふハの 字あになるを ありつるのあの字になさて あらためてありつねといふへし 是を五音を 不用心得とすへし 一より万をしると云ハ何のうたひにも此意得おほかるへし 能々分別 し給ふへき あに相通の字 さあ かあ ハあ たあ なあ らあ やあ まあ 此相通をよく分別すへし  一  音曲まとのあくこと云事 窓のあくと云ハ 一句つゝの末の字を 二字二字のはへて毎人うたひ侍る 是をまとと云  此等のならひ もつはら心にかけ給ふへき也 秘儀也 此舞歌之道ハ忝も 天照大神日月 をひらき給ふ地体也 あまねくいやましに此ふうそくをもて あそふへき也 鬼神をもや わらくるふうそく也 男女夫婦のなかたちともなれり 歌道にひとしきゆへに和歌の歌の 字をうたひとよめるなるへし    永正十八年七月七日  秦元安判 一 音曲生死之事 毎人音曲のある所をハ しらすしていつくにも音曲をすへき事とハかり心得給ふにより音 曲ハよこしまになる事のミにて 音曲をはたす也 只直にうたひて音曲のある所を心にか くへき也 口伝  一音曲のやまひ之事 前にも侍しおなし意得 おなしふしのならふを やまひと是を云 歌之四体之病 一体とりて音曲のやまひて申侍る有口伝之 一音曲の字をつめひらく事 其心得 筆につくしかたし 音曲のうたひ之口伝  一音曲にまとのあくといふ事 一句つゝのうちに く末の字つゝむるこゝろはしらすして 前をはやくいひて末を一字二 字心をなくのひくと云事 是をまとゝ申侍へし  一ろんきをうたふに 地方の心をすて□しておなし心得に申侍るを句ろんきといひてわろ きよし申侍し 是もあうんの心得あると申侍也 口伝  一音曲 こハまくらと云事 其うたひことにて申侍る 口伝  一すちかいなまりの事 音曲ハなまる字をもつて つゝき侍る物也 されともなまりてすくに行所を なまらすハ わろきと申されし 是も口伝なくてはいかゝしり侍るへき哉  一音曲にかろきおもきと云事 はやきをかろきと おもひをおもきと心得給ふ事 世上に此意得おほき也 かろきおもき ハ口伝あり 此道の秘義也   依定忝御発起書之  円満井竹田八郎  自今春大夫相伝之秘儀共にて候相  構/\不可有他見候也    音曲口伝歌 声のうらおもてを云をしらすして 生死を分る音曲ハなし  音曲ハたゝおほ竹のことくにて まつすくにしてふしすくなかれ  音曲にあふきひやうしそ 大事なる むようをうてハかんようもなし  音曲ハ先祝言をもつハらにす 幽玄にれんほ あいしやう かんようのわさには 何をうたふへき人の所望ハ蘭曲をせよ さしことさし声かハることなれハ こと葉にこゑもかハりあるへし  ろんきにそやすきやうにて大事なれ とふにこたふる人ハすくなし  きりひやうしをきらすひやしにみなうたふ によりたるきりハしらすや 歌ときてうしはかるをねとりにて ね吹たてして吹な尺八 我声を三色四色につかひをき 心やすくも音曲をせよ 睫にかきらぬ物をつかふこゑ 声に心をゆるすへからす ハひやうしを うたさるほとハ音曲の道にハいらぬ心とをしれ さしこゑを さしことまてもつゝみをハ すてぬ道理をしらぬはかなき 大にてよからん声ハちいさくてちいさくねかふ字はおほき也 しらことは声とこと葉のこハさきを 心しりてそいふ人ハなき わかこゑの出ハつかひて色をなせ 出すハ声つかハれやせん 京ゐ中かハりあるへきハ みそとてすちなくうたふことなるへし 都よりくたりてうたふことあらハ ふし曲しらハ助音をハせよ 始たる所に行は音曲を主人の名字なのりとふへし 其人の弟子といひたる斗にて なさぬうたひに師の恥そ云 口のうちおもきかろきの心得は 心のさとりしたのさえハり あたる字をあたるとしらてうたふ人 必後の字ハなまるへし 天地をハあうんの二字にかたとれハ あうんの心物こそあり 音曲に人をあなとることなかれ かへにみえあり 石に口あり もんまうの身にハかきらぬわさなれや 字のあつかひの音曲の道 音曲のすくによきとハ何を云 字なまりと云ことハまれなり 天地をハあうんの字にかたとれハ やあの二字をハ誰かしるへし さかもりのまたはじまらぬ其さきに めされハやかて甲乙をしき 能うたひに路うたひハにたるへし 座敷うたひハかハりあるへし   読人しらす ふミあてハ目くらもへひにあちつへし しらてやすきハうたひ成けり  右此歌式目ハ公方様より音曲直道を  観世音阿弥に御尋候之処ニ御前にてハ如何申上  候ハん哉 私宅より可申上之由申罷帰 以三十首歌  申上候 何も/\音曲大事をこめたる歌也 能意得  よく口伝すへき道也    大永八年戌子五月十八日 如本写之