193-50〔塵芥抄〕イ11-00294 塵芥抄 九   上    音曲の事 様々習有と云り 或反古の中に 一 謡の第一秘事ハ工夫也 別儀あらす てにをはの外ハ本の字に心をかけて 切らす  すハらす ひろからす 大なるをハ大に ちいさきをハちいさく 荒気なきをハあらけな く かなしきをハかなしく 心をそれ/\になして謡へし 此道の工夫是也 但是に洩 るゝも座によりて有へしや 一 一字うつりとハ程に心得有 二字うつりハ一字を捨て前の字にうつるなり 一 息の継所を人に聞せぬ様に工夫すへしつきよく共 本の字をハ捨へからす 口伝工夫 可為専要也   廿ケ条之内 先申候 卒尓に至分別は 此道可為退転候 重而可申候                         観世世阿弥在判   竹田金春大夫殿 右之三ケ条 寔肝要たるへき歟 亦混沌懐中抄にかけるハ 逢坂のせきの清水に影みえて今や引覧望月の駒 相坂のせきの岩かとふミならし山立出る霧原の駒 始の一首ハ何のふしもなけれとも其感情深シ 後の一首ハ打聞所や■くうちおもわれても  数反味する所 始の清水の歌にハ無下に芬迷り 音曲もかくのことく さのミさかひにい らす やすらかに たけたかくあらまほしきとあり 此両首 物ことに引れぬる 実もと おほゆる 亦有人のいゑるは 見渡せは花も紅葉もなかり鳬浦の苫やの秋の夕暮 此歌を音曲の命也と云り 誠紅粉をぬらされとも 自風流の体なるか 亦歌に 音曲ハ只大竹のことくなり直に清て曲(フシ)すくなかれ か様の事とも とり分分別工夫可為専用歟 音曲先は祝言茫臆の分別肝要とそ 忘屋とも書り 心面白し 惣別曲舞と只音曲ハかはり め有 曲舞とハ曲に舞を副たり 然間別曲ありと知へし 曲舞ハ拍子か体を持と云り 亦 只謡ハ声か体をもつと云り むかしは各別にして 曲舞の当道とてあまねく謡ふ事ハなか りき 近代曲舞を和け小謡ニ節を付て云也 大和音曲と云も曲舞也 源氏の能ハ少早くつ よく 平家の能ハかろく少よハく謡と可心得 一 口中開合五韻之事 あいうゑを  鼻咳に通す かきくけこ  歯に通す さしすせそ  歯と舌に通す たちつてと  あきとに通す なにぬねの  鼻と腮に通す はひふへほ  脣あわせす まミむめも  脣あふ やゐゆえよ  鼻より出 らりるれろ  舌をふる わいうゑお  鼻咽に通す 〈左は順にあ段からお段に対応〉 歯も脣もひらく 歯をかミ脣をひらく 歯をかミ口をすほむ 舌を出し口を中に開 口をすほむ 一 三ののゝ事 けにや六宮のふんたいの顔色のなきも 始はうゑゝつく 二めおつる 三めすくなり 一 たけくらへの事 けんりうやうやく茂る木の花のうちの鴬又秋のせみの吟のこゑ 上中下と云 同所へ行事 たけくらへ也 是を三ののと云人在之 たゝし懐中抄にハ始在之 一 二字つめと云事 枝をならさぬ御代とかや 一 序の二字の事 さゝ浪や浜の真砂ハ はしめの二字かろく謡へし 一 三ひきと云事 松の光もあまみてる 次第に跡の字をなかく引へし 同程に引事悪し 一 三つ字あかりと云事 浮ねそ替此海ハ浪風もしつかにて 一 三つ字さかりと云事 花見車暮るより 一 二字おとしと云事 類なききひにかく 一 一字おとしと云事 おもひしかとも盃に向へは替る 一 三重おとしの事 いととしく老の身のよハり行 一 かたおとしと云事 実おしめ共なと夢の春と暮ぬらん 一 文字なまり悪し 文字の性〈声〉違ふ故なり うへなる黒谷下河原 是也 亦なまらさるハ 黒谷下河原 か様に可謡 是則縁のふしな り 一 節なまりと云事 大略てにをはのかなの声也 いゝなかす詞の吟のなひきに依て こ ゑちかへともふしさへよくすらりと謡へし 不苦 亦文字のうちのふしなまりには 花見車暮ゝより 是常の儀なり 一 文字のしやうちかふといふハ みえぬ 見えぬ うせぬ う勢ぬ たえぬ たへぬ うゑハを■ぬ したは■のぬなり 一 前おしといふ 夜嵐にねもせぬ夢と花も散 文字ゆかみおもくて悪し ねもせぬ夢 よし 一 文字をあつかふと云事 果ハありけりむさし野をわけ暮しつゝ秋遠き 惣別能々わかつ事専一也 文字のゆかまぬ 様に謡て また字にあたらねともすくまぬ所をハ浮/\とうたふへし たとへは花ハこと いひ鼻ハこといふ 亦おもき事ハおもく軽事はかろく 大なる物ハ大に 高き物ハたかく  ひゝき〈ママ〉ものハひきく それ/\に心をやり可謡 是則縁のふしと云り 雲井のそらをもまよひきてくわそうあな占を焼天に色めき地にひゝくうわの空にて 此一 段と穿鑿の有し節也 天にあらは願くハ か様の事共書尽すに不及此一段にて分別工夫を ハ一音成就たるへし哉 一 文字をしやうに謡と云ハ 真如の玉はいつくそやもとめたくそおほゆる 求得たくそなり されともしやうに謡なり 一 章を文字に謡といふハ ほうそう雨したたりて馴し塩路の したゝりてえなれし塩路 とうたふなり 一 くる事 まさきのかつら松つゝち 一字/\にちからを入てくるなり 一 かたくりと云事 太腋の芙蓉のくれない 是ハちからを入すして口の内斗ニてうかりとくる也 一 向くりといふ事 あいしうのこころ 一 二字くりと云事 只夢の世と立舞袂も これらなり 一 くり上の事 猶以力を入可繰 殊脇の能ハ猶■力を入 声を尽してもの/\しく繰へし 一 いると云事 文字に障すして速に入也 花よもみちよ月雪の降事も 是ハ一字入也 亦二字三字有に入と付たる有 是ハ 此音楽にひかれつゝ かやうの所たるへきか 亦一字にもクルト付たる所有 是にて分別 行事也 是をふると云になそらふるなり 一 ゆりの事 是ハ繰のゆり也 数七つといふ 脇の能ハ〈約一行文空白〉かくのことし  亦常は〈約二文字分空白〉如此 稽古に有へし 一 半ゆりと云事 うらめしかりける心かな楚斑の竹をそむるとかや 此等也亦一せいのゆりハ跡に一字残し てゆる 書付るに不及 何に〈ママ〉二つめハこゑをすかすへし 亦ワカのゆりの事ハ各 別大事也 能々稽古可有事なり 是ハ八つ拍子の所になをくわしくしるす 一 ひろふと云事 亦車に打乗て か様にひろふ字いくつもあれひろふ也 二字ひろゐとて悪しき事に云ハ  亦車に打乗て とか様に謡事悪し 一 よすると云ハ 我等竹馬に鞭をうち小弓に小矢のもとすゑをも 一 はこふと云ハ 草茫々として只しるし斗のあさちかハらと 一 くときと云ハ 乱たる糸を解様に閑につゝまやかに云也 一 きりといふハ きりて謡なり 歌に   きりひやうしきらすひやうしに皆うたふきるによりての(タル)きりとしらすや 是にて聞ゆ 亦いりはと云ハ きりよりおくのはつる所也 此うたゐ様ハ何のふしもなく すら/\/\といつのまにやらんはてたるやうにうたふなり 一 息つき大事也 人にしらせぬ様につくと云り てにをはにてつくへし 文字きれぬ様 につくへし 一 句あひと云ハ 色/\習有 先謡の内の句をきるいき大事也 つく息にてみしかく捨 て 後の云出す字を引息にて云出すと云り 詞の内亦猶右之習肝要也 いかにも詠々と有 へし 是を呼吸の息なとゝ云ニて きる所の息を腎へつき出し 云出す息を肺へのミ入 るゝなと云り 稽古にあるへし 一 詞論儀之中 詞の間は緩々と可請取 句合イ 猶以干〈ママ〉要也 右に記間 爰に 委かゝす 扨かゝりて声に謡段に成てよりハ 一字残して可請取 序破急の心肝要也 是 を一字越と云か 歌に   論儀こそやすく聞へて大事なれとふにこたふる謡手ハなし 一 句あひの程と云事ハ 譬ハ 浪風も静にて秋の夜すから 此句あひ 拍子よりそとへ出すへからす 是も水くらふと云 亦水くらふと云ハ 采女の 果の 亦浪の底に と云所也 浪のそこに つくへからす 底のその字をふるへし 他准 之 一 脇と仕手との謡分ケ也 脇の方ハあら/\と軽く 仕手の方ハ美しくのひ/\と可謡  さりとてしたるくハあしかるへし 但事によるへし 稽古に有へし 一 鼓より手を打掛る時の覚悟の事 平生いつくにかと専一心につくへし 手を打掛ると 思ハヽ 本の地にこころをつけ すちをわたるへからす 歌に   異相なる手をうちかけハ取あわてすくに行へきちをわするなよ 一 曲舞ハ 宮の位を緩/\と謡て 微の位を軽く詰て謡と云り ■〈但〉曲舞に限らす  惣別謡の詰開き是なり 文字を大豆ならへたる様成ハ短よみと云て悪き事なり 一 あひの程と云ハ杜若の曲舞の果に 遥/\きぬるから衣きつゝや 此から衣の詠に有 一 つむる字ハ 前の程をすこしおそく出して はやく詰て 次の字へうつりたるよし 法花読誦のこゑ絶す愛別離苦のことわり 此等也 書尽されす 一 あて拍子と云 八嶋に 月にしらむハ 甲の星のかけ 亦うとふに 狩場のふゞきに空もおそろし 犬鷹に責られ て荒心うとふやすかたやすき隙なき か様の所なり 能々心をやりて可分別 とかく文字 にさハらす やすらかにあらまほしき事也とそ 亦此 犬鷹 と云所に 前に云文字なま りあり 亦 やすき隙なき と云所 まへに云所の水くらふといふ事なり 一 口も心もきる所ハ 哀に消し憂身也 哀れいしにへを 一 口をきり心をきらさるハ 亦或時ハこゑをきゝ 一 心をきり口をきらさるハ 女なみおなみの浪枕ならへてたゝ沖にたて 一 付所と云ハ あの灯を消し給へとよ灯を背けてハ よの字に付る すいきやうきん雀■の 金雀のはぬ る字に付る 梨花一枝雨を帯たる 一枝のつむる字に付る 一 助音するハ我を埋て人に随ふへし 言依て耳にて謡と云り 亦人の息の次能様に可心 掛 言に依てこゑをたすくると書り 一 中音とハ羽の位也 其位の二字めハ必振也 月ハ山花咲ハ 如此の類なり 亦事に依て微の位をも云事あり 下音と云ハ角の位なり  言に依て一字/\にあたりてうたふ也 所ハ九重の東北の霊地にて 何も此類也 一 五音と云ハ 祝言 幽玄 ■〈恋〉(レン)慕 哀傷 闌曲 此五なり 乱曲トモ書り  此五おんに達したるを此道成就と云 一 祝言の事 文字うつりをいかにも只敷云へし ふとからす 細からす 直に云へし  此音諸曲の地体なり つよき方を本とす 一 幽玄の事 以前の祝言の糺敷心を其侭にして しかも亦文字うつり悠々と余情をあら せうたふへし 幽の字 遊とも書り 心付へし 一 恋暮之事 以前の幽玄の上に切なる志を専とす いかにも人に打もたれ なつかしき 心をもつてこゑを出し曲をなすへし 恋暮の二字を心にさしはさむへし 一 哀傷の事 是ハ前の余情を悉く忘果て 恋暮を少残し 字うつりも只ことのやうに可 謡 夫も亦余にくとき立て哀れからせむとすれは 説短(経)ぶしに(節に)成て淺間敷 候 物よハく成らぬ様に心をもち 直に謡て 然も亦心底に無常専とする也 肝要也 一 闌曲とハ 二の心有 らうたけて然も閑成心を本とす 是最上の心也 亦ハ四音の外 也 何も心得かたく不思議不可得の所成故に外とハ云也 亦四音一音也 其故ハ 四音を 恣に成就する所を乱曲と名付たり 亦常の謡に替て 直なる所をハ横様に云 人の耳に興 有様に謡ハ 此道の外道 天魔の態とす 此曲ハたゝ四音成就し自然にらうたけたる位聞 へは 則闌曲成就なるへし 一成一切なる故なり たとへは庭の松なと色々に枝をまけた わめて作れハ 景気の面白を始ハ■れとおもへとも 見ざめする物也 只静成太山の岩根 なとの小松 自然に雨露霜雪の恵をうけて 苔むして えもいはれさる掛りこそ 誠にみ とをりして 心肝にしミて おもしろけれ 此事とも 具に口に書顕す 惣別音曲ハこゑ に力を忘れて 心に力を持へし 仕舞ハ手足に力を忘れて 心に力をもてと云事専一の習 と云り 此事不知人ハ幾千万の法譜をしりたりとも徒事成へし 一 寒天炎天と云事 大事の習也 寒天を祝言とす 炎天を哀傷とす 幽玄恋暮此内に有  乱曲の事ハ亦別曲と心得へし 五音の事 此寒天炎天の習にてすこし合点行へき歟 一 しやうくの習の事 平上去八〈入〉の四声肝要也 茶碗天目と云 ○平ハトウ 月次 の頭也 則是チヤナリ ○上ハトウ 人々物をトウ也 ワン是也 ○去ハトウ 弓ニマク 藤也 是則テン也 ○八〈入〉声ハ ツムル字なり 一 同四十余段の口伝と云事有 惣別軽き字ハ小に 重きハ大成へし 引はひき 捨る字 ハ捨へし 口伝の上 亦分別成へし 一 当るといふハ 入と云と心得有へし 一 引といふハ 持といふと心得有へし 一 声といふは 詞といふと心へ有へし 一 さしこゑと さしことゝ かわり有へし 一 かけのひやうしとハ 五つちの始のとに当ル 鹿をおふ猟師ハ山をみすと云事あり 龍女変成と聞時ハ 是等也 ○かけの程より出ると 云ハ 謡へや/\うたかたの これハとゝたんとの間より出 此出所常の儀也 一 本の拍子と云ハ とたんのたんにあたる 旅衣末遥/\の都路を さなきたにすミうかれたるふる里の かやうに五つ有字ハ本より 出る 同本の拍子の程より出るといふハ さなきたに人こゝろみたるゝふしハ ○亦 然 るに明皇栄花(を)極め 亦 応神天皇の御宇かとよ 此類也 後の一つはいて所少おそ けれとも 本の拍子の程より出るなり 一 二の拍子と云ハ とたん/\の後のたんに当る つらきものにハさすかにおもひはて玉ハす 亦 およそおもつてみれは 是を尽す声とい ふか 〈図あり〉 ト  かけのひやうし   鹿を追れうしハ              龍女変成と ●  かけのほし     うたゑや/\ タン 本のひやうし    たひころも              さなきたに住かれたる〈ママ〉 ●● 本のひやうしのほと さなきたに人心              しかるにめいくわう              応神天皇の タン 二のひやうし    つらきものには              およそおもつて 此外より出るハなき也 但亦事に依へし 一 五つひやうしと云ハ 打切を略する拍子也 是あふき拍子也 ||○|| 此拍子  朝長 海士 に習有 口伝 一 八つ拍子 是も扇拍子也 物毎に入事也 ○|○||○|| 八つ拍子 三つハ本地 四五ハ越 六つめハ当ル 残り本地か わかハ軒はの梅の 春の 夜の と云所を三つめより出し 亦 梅の(花) をも三つめより出し また 花 のは の字をも三つめより云出し ゆりかけて後の三つめの程にて な の字をすゆへし 稽古 肝要たるへし 一 七拍子と云事 物毎に入る事也 軽き所にあたる拍子ハかるかるへし 重きに当る重 かるへし 口伝 ● ハやし ○ うわかぶき ● かろし ○ 中 ● したるし ○ をそし ● しつかなり 一 大返しの事 鼓に有 しらされはうたふ事安からす 鳥追 花かたミ 柏崎等 此外 ■有へし 口伝 一 正尊のきせうの事 一 木曽の願書の事 此等 鼓の大事と云り 事顕す事不相叶 稽古 口伝有へき事こそ 一 一調二機三声と云事 先何にてもてうしを耳にて聞 気にあてゝ 目をふさき 息を のミ入れて 口より声を出すへし 如此すれは 調子を背かぬ也 一 はりつけと云事 ほかみを突出し 腹をはり おとかいを差出して声を出すへし こ ゑ うわかぶきに不可出 一 声を遣ふ事 遣ふ声と亦遣ハるゝ声と有 歌に 我声の出は遣ひて色をなせ出すハ声につかはれやせん よひにハ物かす高く謡て 朝ハひきくすくなくて謡 但おかむとおもふ時は少高く可謡  扨 湯をあつくのむへし 右に云所のハり付を心に掛 身形 皃くせ 口くせにたしなみ あるへし 又歌に 暁に限らぬ物を遣ふ声こゑに心をゆるすへからす 一 口舌心の音曲と云 くち した よくかなひ 心のきゝたるを云也 此三つ 一かけ てハ其曲有へからす 譬ハ 謡を能稽古にて 口舌よくかなふと云トモ あるひハ其座敷 に相応せす 或ハ禁句なとあるうたゐ 亦なり物は 調子をそむき 亦ハ鳴物なくトモ  其座敷に似合さる調子 亦別の調子あるへし か様なれは 何と音曲ハ面白くとも 其曲 有へからす 能々可心掛事専一なるへし 一 呂律之事 一越調 双調 此二つ呂なり 祝言なり 平調 盤渉の二つハ律 愁也  黄鐘調 是ハ半呂半律也 呂律混合の調子と是を云 云に依て 祝言にも愁にも専是を用 るなり 一 宮商角微羽の事 宮の位ハ直ク也 商の位ハそる 角の位はすくむ 微の位ハゆる 羽の位ハ乗ル 〈図あり〉 よこに見よ 宮(スク)商(ソル)角(スクム)微(ユル)羽(ノル) 一 一越調 一平双黄盤 断金調断勝鳬鸞神 平調平下黄盤上 勝絶調勝双鸞神一 下無調下鳬盤上断 雙調双黄神一平 鳬鐘調鳬鸞上断勝 黄鐘調黄盤一平下 鸞鏡調鸞神断勝雙 盤渉調盤上平下鳬 神仙調神一勝双黄 上無調上断下鳬鸞 宮の位より出るハ 木の下かけのおちはかくなるまて命なからへて 商の位より出るハ 国もおさまる時津風 角の位より出るハ 待つに事とふ浦かせの 微の位より出るハ をとつれハ松に事とふ 羽の位より出るハ 所ハたか砂の/\ ヤ(羽)マ(羽)ト(宮)ニ(宮)モ ヲ(羽)ル(宮)唐(宮)衣(宮)の(宮)イ(宮) ト(宮)ナ(宮)ミ(宮)ヲ(宮)/\(宮 羽) イ(宮)マ(羽)敷(宮 宮)嶋(羽  宮)の(宮)ミ(宮)チ(宮)カ(宮)ケ(宮)テ(宮) ユ(羽)ト(宮)の(宮 羽) ハ(宮)ク(宮)サ(宮)ノ(商)ハ(角)ナ(角 宮)マ(宮)テ(宮)モ(宮 羽)  ア(微)ラ(微)ハ(微)シ(微)衣(宮 宮)の(宮)色(宮 羽)そ(微 羽)へ(微) て(微 角) 心(宮 宮)を(宮)砕(宮 宮)くむ(宮 羽)ら(微)さ(微)き(角) の(角 商) 袖(微)モ(角)妙(微 微)な(角)る(羽)か(宮)さ(宮)し(微) か(羽)な/\    笛の序の後舞に掛る所 (下)ヒ(角)ヤア(中)ル(羽)イ(中)。ヒ(羽)ヤルリ(宮) (上)ヒ(宮)イリ (宮)イ。ヒ(微)ヤラ(微)リ(宮)。ヒ(宮)ヤツ。(中)ヒ(羽)ウイ。(中)ヒ(羽) ヤルリ(宮)イ。(上)ヒ(宮)イリ(宮)イ。(クル)ヒ(角)ウ(商)ヤ(宮)。ヒ(宮) ウ(羽)ヤ。(中)ヒ(羽)ヤルリ(宮)イ 一 呂律之吹之事 〈図あり〉 呂之吟      宮一      商平      角双      微黄      羽盤 律之吟      宮一      商平      角双      微黄      羽盤 一 羽より商へ行事      羽盤    商平 一 商より羽へさかる事    商      羽盤 右の吟声 何れも一越の宮商角微羽を以てつけをく 余は微之 一 四季の調子之事   春雙調  夏黄鐘調   秋平調  冬盤渉調    土用一越調 一 月之調子   正月平調   二月勝絶調   三月下無調  四月双調   五月鳬鐘調  六月黄鐘調   七月鸞鏡調  八月盤渉調   九月神仙調  十月上無調   十一月一越調 十二月断金調 十二支則是にあたる 十二時也 寅則平調也 卯勝絶調也 夫より次第/\なり 記に及 はす 一 調子の五性の事   双調木 黄鐘火 一越調土   平調金 盤渉水    五形五宮等の所属也 一 両調子かぬる事 人の謡所望之時 或は其季のてうし 亦ハ其月のてうしをうたハん とするに 其調子行あはぬ事有 亦ハ座敷のてうし背事有 左様の時の習也 喩へは春ハ 双調也 其座鋪も双調なれは 何の習も入らす その座に似合たる謡をうたふ也 春三ケ 月の内に 若平調にて謡へき事あらは 少からせて勝絶調の商の位より謡出すへし 是双 調也 せうせつの宮商角微羽ハ勝双鸞神一是也 亦正月に平調にてうたふへき事有らハ  則平調の何の位より謡ても不苦 正月の調子 則平調なれは也 黄鐘はうたハんにハ黄鐘 の微 則平調〈上の三字墨滅〉の位より可謡出 是亦平調也 わうしきの宮商角微羽は黄 盤一平下也 亦二月に平調にて可謡事あらは 少からせてせうせつてうにて謡へし 勝絶 ハ二月の調子なれはなり 亦勝絶の商の位 双調なれは 商の位より謡出し 猶々可然  亦黄鐘にて謡へきハ 少からせてらんけいの微の位 或ハ羽の位より謡出すへし 微の位 ハ勝絶 二月のてうしなり 羽の位ハ双調 是春の調子也 鸞鐘の宮商角微羽は鸞神断勝 雙也 亦三月に平調にて可謡事あらは 平調の商の位より謡出すへし これ下無調也 則 三月の調子也 平調の宮商角微羽ハ平下黄盤上なり わうしきにて謡ハんにハ わうしき の羽の位より出すへし 是亦下無なり 三月の調子也 黄鐘の宮商角微羽 黄盤一平下也  四季トモ背にならふ(ナソラウベシ) 一 新宅の調子ハ一越也 黄鐘をいむ 是大に所属の調子なれは也 若鳴物わうしきなれ は也〈上四字墨滅〉を吹 亦貴人なと黄鐘にてと御所望之時ハ 両調子かぬる習也 黄鐘 の角の位より出すへし 是一越也 黄鐘の宮商角微羽 黄盤一平也 亦平調にて可謡にハ  少からせて勝絶の羽の位より出すへし 是亦一越調也 勝絶の宮商角微羽ハ勝双鸞神一也  亦雙調にて可謡にハ双調の微の位よりうたゐ出すへし 双黄神一平 一越微の位なれは也  惣別謡にもけふり(煙)など(ト)云事 火と云事にハ 勿論いむへし 其証拠 池田前 筑後守(法名宗白)在城之時 前右京兆清元(法名一清)御出申されし時 新宅たりし御 能に 観世太夫元忠(法名宗節)脇の能難波の曲舞に たかき屋にのほりてミれハ民のか まとハ と謡し また杜若の上羽 さてこそ信濃なる浅間のたけにたつくもの とあけし  かれこれ明鐘なるものをや 一 舟の調子ハ盤渉也 もし声かなハす 亦なりもの背かは 右にいふ所の両調子かねる 習を心得へし 一 聟とりよめとりの調子 黄鐘也 是亦以前にいふ所の分別有へし 右之一冊 料紙の費といひ 筆のさきつはしぬるといひ 更にいらさる事なめり され と予 未かたわかく俗侶ならさる以前より 此道にふかく心を掛 ためにも 似合たる 事々 精を入 人々に執心して物語を聞 亦書物なとうつしとりしを 去ル永禄の乱に 悉令失却訖 既六十にみちて ね覚かちなるさのあかつきに ひとつつゝおもひ出ぬれ ハ 寔に心肝にしみておほふ 或人のすゝめに 先人のあたら金玉を瀬泥に埋すてはた さんもと云に けにもとおもひ 心に浮ミぬるかきりひとつつゞ書つゞ〈ママ〉 だゝ 〈ママ〉嬰児の人とかたり 酔る人の歌謡フに似たるへし 但こゝろの了簡を以てたく み(工)いだし あたらしく書付るにハあらす 先ハ混沌懐中抄にもとつく 此懐中抄 といふは 今春惣領一人の相伝の由奥書にミへたり 是を暮松前因幡守通■執心して写 取て奥儀を令相伝 後一巻の中の所々 亦は桜井五郎兵衛入道歌楽 弥石源太夫 春藤 六郎次郎なと 物語有し事トモ ひろいもとめ 書あつめ 一冊となす 名付て塵芥抄 と号す 他見不可有物なれは 只雨中のつれ/\をまきらハさんとのしわさならし 天正十一(癸未)年夷則仲一日             野人 先度以草案 一々口伝申候キ 而尽拙老衰無極候 存命久可敷■付■ 為形見染筆候也  天正十五年 二月物之   入江長助殿 此一帖 先年流浪の比ほひ廻国の心さしありて 羇旅のなくさめ ひとつハ亦便にもかも とおもひ書付 花落〈洛〉三条の永稚老ヲ以草案を 前大夫宗節 披見に入しに 子細な きよし褒美有て 清書せしめ候へは 加筆可有■候キ 誠に有ましき事になんと思ひ か くのことく認てふところに入 津の国より上落〈洛〉してすくに永稚の許に行しに 宗節 こそ此三日以前に身罷り玉ひぬれ 哀悼の■ かやうの■とり出もあへす むせかへりて  ことのはも絶ぬ 我も打聞より胸つふれて あさましとおもふ心をやをらとりしつめて  ふたりうちつらね 大宮のそうせつの亭に行 焼香なとして其侭亦摂州に下り それより 田舎へとおもふこゝろもやめて なをし永稚と云むつひ おり/\ハ一音の切瑳〈ママ〉 なとも互のやうに有しに この永稚さへ亦かくおくれ侍り 予ハ四のこのかミそかし い やはかなき事とおもひ またおくかきを加へ侍めりし  もしほ草かきあつめにし手すさひをたれ我跡にたきもすてまし